クラトン祭り
「すっごく賑わってるね」
「こういうの大好き!お祭りって感じで!」
「二人とも人に流されないようにね」
馬車から降りると、そこにはお祭りを見に来たたくさんの人で賑わっていた。基本は地元の人間だが、それだけでなく子供から大人まで本当に幅広い年齢層や国籍の人々が楽しそうに歩いている。
「これだけ人が多いと大変ね。早く会長のお店行きましょ」
クラトン祭りの目玉である空に浮かぶランタンは、セドリックが用意してくれた特等席で見られることになっているので、私たちはさっと食べ物だけ買って時間になるまでそこでゆっくりしていようと言っていたのだ。
「凄い行列……」
私は思わず立ち止まってしまった。
彼らのキッチンカーが止まっているのはクラトン祭りの出店街の中間地点だったはず。けれど、行列の最後尾は入り口のすぐ横まで来ていた。
「最後尾はこちらでーす!」
プラカードのようなものを持ちながら大声を出すアルバートに私たちは声を掛けた。
「おぉ……ちょっと聞いてくれよ……」
彼はげっそりした様子でこれまでの状況をぼそぼそと話し始めた。
昼過ぎから販売を始めたところ、既にウィーブルの名前は予想以上に広がっていたらしく、集客などぜずとも瞬く間に大行列が出来たのだと言う。当然エドガーは追加の人員を招集したが、到着まではもう少しかかるらしい。
「じゃあエドガー先輩一人で調理と販売を?」
「あぁ」
私は背筋が凍った。これだけの行列で調理から販売をこなすとなるともちろん休みは無いし、お客さん1人1人にも待たせてしまう事への適切な対応が必要だ。かといってアルバートを呼ぶと並んでいる間にトラブルが起こった時止められないし。
「エドガー先輩」
「あぁ皆さん。すみませんが今忙しいので……」
私たちはキッチンカーまで向かうと、裏口の扉をバンッと開けた。
「応援はいつ頃?」
「30分後には到着予定です」
「ではそれまで手伝います」
「え?」
そう言うとエドガーは泣きそうな表情になっていた。どんだけしんどいのよ。
エリカはやる気満々だし、「早く戻ろう」と言っていたセドリックも2人が困っているのに放っておけないよと言うと渋々賛成した。
「ではエマさんは販売、エリカさんは僕と一緒に調理をお願いします。セドリックは外でアルバートと一緒に列を整備してきてください」
「「はい」」
覚悟はしていたが、そこからは鬼のような忙しさだった。さばいてもさばいても減らない客数。みんな長時間並んでイライラしているのか、いざ注文するときにメニューが決まっていないお客さんに対して後ろの人が怒り出したり、調理の都合上早くできるものと時間がかかるものがあるのだがそれを説明したうえでなんで後ろの客の方が早いんだと怒り出すお客さんもいる。意外だったのはそれらは貴族庶民関係なくだったこと。そうは言っても人数比的に庶民の方が多いけれど。
生粋の貴族で人から怒られたことのないようなエドガーもこれを1つ1つ対応していたのかと思うとよく頑張ったなと思ってしまう。
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「あら、随分と疲れた様子ね」
「レヴィ先輩……」
やっと手伝いが終わり特等席のラウンジへと向かうと、そこにはレヴィとリビウスが立っていた。ここは私たちだけではなく多くの上流貴族たちが集まっており、一種の社交の場のようになっている。
「今まで会長の店手伝ってたんですよ……」
エリカがクタクタになってソファーに倒れこみながら言った。
私たちも立ちっぱなしで流石につらいので、彼女と同様ソファーに腰を下ろす。
「ところで……エマにしては珍しいドレスだな」
リビウスが私の着ているドレスを見てそう言った。
私がこれはセドリックからもらったものだと言うと、横にいたレヴィが持っていたグラスを落とした。
「ちょっとセドリック、正気?」
「えぇ。全く持って正常ですよ」
「……え?何ですか?」
貴方知らないで着てたの?とレヴィが呆れる。
なんでも自分の瞳の色のドレスを贈ると言うのは、この世界ではプロポーズのような意味があるのだそう。
「えぇ!?」
だから侍女たちがあんなにしつこかったのか。いや、わかってたら着なかったけど。
「エマは婚約してるんだし、流石にマズいでしょう。というか今日は特に……」
レヴィは心底呆れた様子で深いため息をついた。
今日は特に?何の事だろうと首を傾げると、後ろから聞き覚えのある声がする。
「婚約者の目の前で見せつけてくれるじゃないか。俺のプリンセスは余程俺に構ってほしいらしい」




