想定外の攻防
翌日。みんなで朝食をとった後、エドガーはアルバートを引っ張って移動販売の準備へと出かけてしまったので、私たちは特にすることもなく屋敷でくつろいでいた。
お祭りが始まるのは夜。出店を回ることも考えて夕方に出発するとなると、準備を含めても昼過ぎまでは特に予定がない。
セドリックはバートン公爵に呼ばれてしまったので、私はエリカとお茶をしていた。
「そう言えば、インターンはどうだったの?」
「うーん。……まぁ大変だったかな。色々と」
「言えないこともあるだろうし深くは聞かないけど、レオン皇子との婚約とかほんとにびっくりしたよ」
「あはは……」
この言い方からするに、私がインターンで起こった何らかの要因によってレオンと婚約したということをエリカはおそらく気付いているんだろう。それでも深入りしてこないのはエリカなりの優しさなのだろうか。
「辛いことがあったら相談してね。何でも聞くからさ」
「ありがとうエリカ」
そんなこんなでランチを挟みながらおしゃべりをしているとやっぱりガールズトークは楽しくて時間が過ぎるのはあっという間だった。私たちはそれぞれの部屋に戻って外出の準備をする。
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「ですから受け取れません!自分で持ってきていますので」
「ですが……」
部屋に戻るとお手伝いの侍女たちが私の着替えの準備をしてくれていた。
しかし、ここで想定外のことが1つ。
「こちら、セドリック坊ちゃまからエマ様へプレゼントでございます」
そう言って彼女が出したのは、見るからに高級だとわかるドレス。というか靴や小物まで一式。
流石においそれと受け取るわけにはいかないし、何より贈ってもらう理由が見当たらないのでただただ恐怖なんだけど。私は誕生日でも無ければ着る服に困っているわけでも無い。持ってきているのはマダム・ポンフリーのドレスだし。
私何かしたっけ?それとも何かとんでもない要求でもされるの?
いや、セドリックのことだから、前に出かけたときのように、私にドレスを買うお金が無くて困っていると考えて善意で贈ってくれたのだろう。そうに違いない。
けれど今の私はウィーブルでのバイト代や特別報酬、総合文化祭での賞金もあるしそう言った不安は無いに等しい。丁重に断ろう。あとでセドリックには気持ちだけ受け取ると伝えれば十分でしょ。
「お気持ちはありがたいのですが、自分のを持ってきていますので結構です」
ここで終われば特に気にすることもなかった。
想定外だったのは、この侍女たちは断っても全く引かなかったということ。
「受け取ってくださらないと、私たちがクビになってしまいます……」
「仕方ありませんよね。言いつけられたことすら出来ないなんて」
「侍女として失格です」
「えぇー……」
そんなに?
いやいや流石に嘘だろうと思うけれど、ホントだったらどうしよう。
困っているみたいだし、私が受け取ることで何とかなるならまぁ……
「……分かりました」
懇願されたら断れないと言うのは日本人の悪いところだと思う。
「とってもお似合いですわ!」
「まるでエマ様のためにあるかのようです!」
「なんとお美しいのかしら!」
今までおしゃれをしてもこんなにストレートに褒めちぎられたことは無いのでどう反応していいのかわからずつい押し黙ってしまう。
でも確かにこの赤いドレスはエマに良く似合っていた。スレンダーラインに夜の闇でも輝くビジューが施されたドレスは、普段は感じない大人っぽさを引き出していた。
でもなんだかアメリアが着ていそうなドレスを私が着ているのは少し笑ってしまった。
セドリックってこんなのが好みなの?ならヒロインじゃなく悪役令嬢選べばよかったのに。
「いってらっしゃいませ」
想定外のことのせいで思っていたよりも時間がかかってしまった。
待ち合わせに間に合うよう、私は少し急いで侍女たちに見送られて屋敷の外の馬車へと向かった。




