冬休み
「エマ、何書いてるの?」
「セドリック。ウィーブルのマニュアルだよ」
「マニュアル?」
先日のクレーマーへの対応の件で、エドガーから是非ともバイト向けにマニュアルを作ってほしいと頼まれたのだ。もちろん報酬はしっかりともぎ取った。
「まぁスイーツ大会優勝できなかったから、その参加賞くらいの額は貰わないとね」
そう言って私は店内の広告ポスターに目を移す。
そこには優勝した剣術部の『星空レアチーズケーキ』の期間限定販売が告知されている。
何故剣術部に私たちが負けたのか。
答えは簡単。出場者があのアクア・シェナザードだったから。
アクアと言えば魔法競技大会フラッグサバイバルの本戦メンバーであり、箒の天才と呼ばれる3年生の先輩だ。私も同じフラッガーとしてお世話になったし、基本は無口だが優しく顔も良いなんだかんだ完璧な人。彼はお菓子作りが趣味で、その腕前はプロ級だった。そのことに関しては知っていたし、出会った時から今まで何度か食べさせてもらったこともある。
つまり、最有力候補は間違いなくアクアだったのだが、私は彼が剣術部であることも代表としてスイーツ大会に出場していることも知らなかった。
もう一口食べて完全に負けたと思ったよね。うん。
彼は大会新記録の283点を叩き出して文句なしの優勝を手にした。
この件でますます彼のファンは増えたことだろう。
「そっか。ねぇエマ、バイトもいいけど明日から折角の冬休みなんだし僕とどこか出かけない?」
セドリックに言われてハッとする。そうか、明日から冬休みか。
夏休みの時のように、これと言ってテストや行事もなく冬休みに突入するのでなんだか実感が湧かない。夏休み同様ほとんどの生徒は実家へ戻るが、私は帰る場所など無いので学校に残ることになる。
折角だし今まで出来てなかった勉強ガッツリやるか。
「……マ?エマ!」
「え!?」
「聞いてた?」
「あ、ごめん。なに?」
「仕方ないなぁ」とセドリックは呆れた様子でもう一度説明する。
「僕の領地で冬休み中にクラトン祭りがあるんだ」
「クラトン祭り?」
「自然の女神に感謝を伝える行事だよ。蝋燭を灯したランタンを空や湖に浮かべるんだ」
元の世界でもあったランタン祭りのようなものだろうか。
確かにこの冬休み中特にやることもないので連れて行ってもらおうか。
「あら、エマも来るの?」
振り返ると、奥の席にはレヴィとリビウスが座っていた。最近は2人共忙しく、学校にいることすら珍しい2人がまさかウィーブルにお茶をしに来ていたなんて。ほとんど毎日働いているが、2人が来ているのは初めて見たため私は驚きを隠せなかった。
「先輩方も来られるんですか?」
「えぇ、仕事でね」
セドリックが尋ねると、どうやら2人は観光ではなく映画の撮影なんだとか。監督がどうしてもクラトン祭りのカットを入れたいと言って、ロケが決まったらしい。
話を聞いていると、どうやら参加するのは彼らだけではなく、多くの生徒が距離的に近いこともあって一目見に来るらしい。
「僕も行きますよ。ウィーブルの出張販売の許可が取れたので」
「え?そうなんですか?」
なんとセドリックのお父さんから学外での教育の一環として、クラトン祭りの期間中、ウィーブルの出張販売のキッチンカーを出す許可が下りたらしい。とはいえ店員はエドガーくらいだそうで、どちらかと言うと2号店の準備といったところだろうか。この間から2号店を出したいと言っていたし。
その後はセドリックと日程の調整をしたり、エドガーにマニュアルを提出し冬休み中のシフトの相談をしたりして自室に戻った。
「待って、シャーロットさん。ちょうどよかった」
寮に着くと、普段はめったに話さない寮母さんに引き留められる。
差し出された封筒には私の宛名が書かれている。生徒への郵便物は基本的に寮母さんが管理してくれるため、私の部屋に持って行こうとしていたのだろう。丁寧にお礼を言って受け取ると、それには見覚えのある名前が書かれていた。
「……ベノさん?」
お久しぶりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。
短いスイーツ大会編が終わり、ここからは冬休み編突入となります。世間は夏休みなのに真逆ですね。冬休み編はそこまで長くなる予定はないですが、その後の編がかなり長期化いたします。お付き合いいただけますと幸いです。
私事ではありますが、家族がコロナ陽性となり現在自宅待機をしております。私自身は至って健康ですが、万一私も発症し体調を崩した場合、更新が前触れもなく何日か止まる可能性があります。読者の皆様には申し訳ありませんが、突然更新が止まっても必ず再開いたしますのでご理解の程よろしくお願いいたします。
夏休みに入ってから、たくさんのPVを頂いて正直驚いています。これからも鋭意執筆してまいりますので、よろしければブクマ、評価、感想、レビューなど読んだ後少し時間を割いていただければ幸いです。
大変なご時世ですが、どうか皆様も体調にはお気をつけて。
これからも『ヒロインって案外楽じゃないですよ?』をどうぞよろしくお願いいたします。




