契約成立
「お前、今魔法省にインターン中なんだって?」
応接間に入り、控えていた召使いたちを退出させると、レオンはいつものように砕けた話し方で話しかけて来た。
「そう。貴重なインターン中」
私はレオンに気に入られる必要もないので思いっきり皮肉を言ってやった。けれど彼は気にしないどころか、魔法省の制服を着てきた私に対しても何のコメントも無かった。見合いなんだから綺麗なドレスくらい着てこいとか言うと思ったけど。
「余程婚約が嫌らしいな」
「ご存じだったんですか」
「いいのか?俺と婚約すれば一生金の心配もなく悠々自適な生活を送れるんだぜ?」
「私は自分の力で悠々自適な生活を送るので結構です」
ハハハとレオンが面白そうに笑った。
「お前やっぱり面白いな」
全く嬉しくはないが面倒くさいので黙って聞き流す。
しばらくするとノエルとヨハンの2人がお茶とお茶菓子を持って部屋に入ってきた。
「文化祭ぶりだなシャーロット」
「お前が好きって言ってたケーキ持ってきたぜ」
2人は持ってきたものをテーブルに置くと空いているソファーに腰掛けた。え?座るの?
彼らはそのまま何を言うでもなく黙ってこちらを見ている。
「お前の事情はヒューゴ王子から聞いてる。本来はベネディクト家に代々伝わるティアラを贈るが、事件が解決するまでお前のティアラを贈ったことにしてやる」
困ってるんだろ?
彼は意地悪く笑う。そりゃ困ってはいるけれど、ここで彼に頼ったら私の人生計画が大きく崩れてしまう。
「最近婚約だ何だとうるさかったんだ。お前は将来も約束されて俺は都合のいい防波堤をゲット」
winwinだろ?
きっとレオンは私が断れないってわかってて言ってるんだ。だから私が悪態をついていても笑っているだけ。
このティアラは契約魔法がかかっているから他の誰かに預けることは出来ないし、このティアラが無ければセプターを探すのは非常に困難。それにそもそも庶民が王族からの婚約を断るなんて出来るはずがない。
返事は急がなくていい。
そう言ってアスカニア王国に婚姻を申し入れたときからもう私には拒否権など無かった。
「1つ。賭けをしませんか?」
私はニッコリと笑ってそう言った。
なんだなんだと前のめりになるリヴィエール兄弟を横目に言葉を続ける。
「私が卒業するまでの間、私を惚れさせることが出来たら私は貴方と結婚します。もちろん魔法省もきっぱり諦めて貴方の言う通りお妃教育でも何でも受けましょう。でももし出来なかったら、その時は婚約を破棄して私を魔法省に入れてください」
商品の価値は言ったもの勝ち。絶対に自分から下げてはいけない。
この世界における魔法の価値は大体わかってきた。そしてそれを持つ私の価値も大まかではあるが把握しているつもりだ。
「惚れさせろ……か」
「どの道無理に結婚しても私は言う事なんか聞きませんし。この条件を吞んでくださるのなら私は喜んで婚約します」
大国クリスタル帝国の皇太子が女1人惚れさせられないわけありませんよね?
正直この言葉がどこまで届くのかは私にも分からなかった。そもそもレオンはこんな安い挑発には乗ってくれない。
けれど、もしレオンが私に対して都合のいい以外の感情を持っていたとすれば……
私はその可能性に賭けるしかなかった。
「いいぜ。ただ……」
俺1人の推薦じゃ魔法省には入れないんじゃないのか?
魔法省に入る条件は以下の3つのうち1つ以上を満たすこと。
1.3人以上の有力な貴族や王族からの推薦状
2.ウィンチェスターアカデミーからの推薦
3.2人以上の魔法省の人間からの推薦状
確かにレオン1人の推薦では足りない。
「ご安心を。既にヒューゴ王子とセドリックからは推薦状をもらえることになっています」
推薦する貴族や王族は有力でかつ一族の当主でなければならない。
ただし王族の場合は国王でなくとも王太子までなら可能であり、アスカニア王国王太子のヒューゴと卒業したら公爵家を継ぐ予定のセドリックからは私が卒業した暁には推薦状を書くと言った旨の契約を書面で既に交わしている。
あと1人。
他に推薦状を書けそうなアクアやアルバートは卒業後すぐには家を継がないようでお願いできずあと1人を探していた。
「抜け目がないな。分かった。ただしこちらからも条件がある」
レオンが提示してきた条件は3つ。
1、妃教育は受けなくてもいいが、パーティーなど必要な場には必ず参加すること。
2、国民へのお披露目など公には発表しないが貴族たちには伝えるためそれにふさわしい行動をすること。
3、来年以降の魔法競技大会にも必ず参加すること。
「いいですけど、3番目は何です?」
「レオンは今年君に負けたのがよほどショックだったらしい」
「学校の推薦枠が要らなくなったからと言って出場しないなんて言われたら困るからな」
来年こそぶっ潰してやるよ。
負けず嫌いだな。まあいいけど。
私はレオンが魔法で出した契約書にしっかりと目を通してからサインをする。
「それにしても随分あっさりですね」
この内容はほとんど結婚はせず、私が魔法省に入省するという、私にメリットの大きすぎる契約だ。それに気が付かないほど彼が愚かでないことは知っている。もっと説得を強いられると思っていたが、それはあまりにもすんなりと決まった。立場は間違いなくレオンの方が上なのだから、私の言うことなど無視してもっとレオンの都合のいいように話を進めようとするに違いないと踏んでいたのだが。
「お前には借りがあるからな」
これで返せるとは思っていないが。
借り……あぁ、交換留学の時の件か。
そう言えば借りは返すと言っていた。思わねところで役に立ったな。
やはり普段から良いことはしておくべきだなと改めて実感する。
「契約成立だな」
「よろしくお願いしますね」
私は差し出された手を力強く握った。




