婚約
「婚約って、どういう事ですか?……」
「そのままの意味だが?」
私は呆気に取られてしまい頭が上手く回らなかった。
婚約……?どうして私が?そもそも誰と?
「君の婚約については前々から検討されていた。急ぐ必要はないと思っていたが、状況が状況だ。君にはこれからもこの件に関わってもらう」
「ちょっと待ってください。エマの婚約についてはバートン家も異議を申し立てたはずです」
「彼女のティアラはただの貰い物ではない。魔法道具だ。それも強力な古代魔法の。今の彼女には地位が必要だ違うか?」
「それは……」
「あの……話が見えないんですが」
何を言っているのかわからず尋ねると、今まで黙っていたルーカスがため息をつきながら説明してくれた。
「お前と隣国のレオン皇子が婚約するって話だよ」
「え!?」
よりにもよってなんでレオンと?
何がどうなったらそんな話になるわけ?
「君の交換留学の後、レオン皇子から君に婚約の申し入れがあった。アスカニア王国としてはクリスタル帝国と良い縁が出来るのなら大歓迎だが、話を聞きつけたバートン家をはじめとする貴族たちが猛反対し、話は一時中断されたがな」
私には両親がいないため、結婚の申し入れは直接アスカニア王国に来たのだそう。身分差甚だしいと思ったが、クリスタル帝国は魔力量の多い人間は大歓迎なのだとか。大国クリスタル帝国に自国民が嫁ぐとなれば反対する理由はないが、セドリックのところのバートン家をはじめとして、アルバート、エドガーらの家が猛抗議したため急ぐことでもないと議論は中断され私にも伝えられていなかった。
いやいや私のことならまず私に言ってよ。
しかしそう思ってももう遅い。ヒューゴは私とレオンとの婚約を進めようとしていた。
「クリスタル帝国の王家には婚約者にティアラを贈る風潮がある。これほど都合のいい縁談などそうはないだろう」
確かにそれならば私は何の問題もなくティアラを付けてセプターを探せるし、アスカニア王国としても願ってもない話だろう。でも……
「嫌です」
お妃さまってお金には困らなさそうだけど、公務とか自由に外歩けなかったりとか制約がキツそう。政治のドロドロした争いに巻き込まれて殺されるとかごめんだわ。
「これは国に関わる重要な話だ。もはや君個人の話じゃない。こうなった以上近いうちにレオン皇子と面会することになるだろうな」
見合い、と言う言葉を使わないのはヒューゴなりの気遣いなのだろうが、すなわちそういうことだろう。
この件に関しては私よりもむしろ何故かセドリックやルーカスの方が憤慨していて、あれこれと戻る準備をしているときにも一切話しかけられる雰囲気ではなかった。
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夜遅くに本部に戻り夜が明けると、既に本部にヒューゴの姿は無かった。忙しいと言うのは本当なのだろう。あの後すぐに別の支部へと派遣されたらしい。
インターンも折り返し。私たちは彼がいなくなってしまったので、それぞれ別の担当について行くこととなった。
「クリスタル帝国ですか?」
セドリックもルーカスも新たな担当に朝早くから引っ張られていったが、私だけは少し雰囲気が違った。クリスタル帝国への出張任務。それも1人で。本来インターン生が1人で仕事を任されることなど決してない。
十中八九これは昨日言っていた縁談の話だろう。
でなければ私が1人でクリスタル帝国になんてありえない。
私は指示書だけを受け取らされると、ベノにグイグイと背中を押され、あれよあれよと馬車に乗せられてしまった。それにしても今日は祝日とはいえ昨日の今日で見合いが決まるものなのだろうか。
馬車に揺られながら指示書を開くと、そこには指示というより手紙の伝言のようなメッセージが綴られていた。要約すると「本気で結婚したくないなら上手く交渉しろよ」とのこと。
言われなくともそのつもりです。
私は読み終わると同時に他人に読まれないように魔法でその紙を燃やす。
流石に見られるとマズいことになりかねないし。
馬車はクリスタルカレッジの近くまで来ると、いつもとは少し違う道を通っていく。城は学校の近くにあるのだが、私は遠目で少し見たことがあるくらいだった。しばらく知らない景色を楽しんでいると馬車が止まる。
ドアが開けられると、私の目には入らないほどの大きな城がそびえ立っていた。
「お久しぶりですね。マイプリンセス」
「ご無沙汰しております。レオン皇子」
私たちはお互いにおあつらえ向きの堅苦しい挨拶を済ませると、レオンにエスコートされながら城の中へと入っていった。




