転生……?
ごく普通の21歳。それなりに勉強していい大学に入って、何となく経済学を学んでいた。
年齢=彼氏なしの残念な女だったが、それなりにキャンパスライフをエンジョイしてた。
大学生は素晴らしい。人生の夏休みと言われるだけあって、大いに時間がある。自由がある。
私は大学入学してからの3年間、大好きな乙女ゲームにどっぷり浸かっていた。
ソフトは必ず特装版を予約購入。パッケージが気に入らなくてもとりあえず購入。期待していなかったものに限ってしっかりハマってしまう。
一人暮らしだからこの生活を誰に邪魔されるわけでもなく、色々な乙女ゲームをプレイしていくうちに好きな絵師、好きな声優、そして好きなプロデューサーまで出てきて、プレイする前からキャラの性格やストーリーを推測できる程度にはガチ勢になっていた。
今ハマっているのは『マジカルプリンス~魔法学園での甘い恋~』というゲーム。略してマジプリ。正直タイトルを見たとき、絵も声もプロデューサーさんも好きだけど、流石に王道すぎて萎える~などと言っていたくせにしっかりハマってしまった。平民出身の主人公が魔法学園に通い、攻略キャラたちに出会うというストーリー。少し珍しい魔力を持っていること以外は全くもって平凡なので、そこを天然で鈍感で聖人君子という設定でカバーしている。最近ではもっとクセのある設定や主人公の作品が人気なので、ここまで王道に極振りする作品は珍しい。
乙女ゲームという名のゲームは全て買うというモットーのもと購入したこの作品。やはり王道は強いから王道なのだ。1万本売れたら大ヒットの世界で発売からすぐに2万本を売り上げる大ヒットとなった。
今日こそはベン様を攻略する!
ベン・ヘンダーソンは主人公たちの通うアカデミーのあるアスカニア王国第二王子。一目見たときから一番気になっていたキャラ。金髪に金の瞳の絵にかいたイケメン!乙女ゲームの基本は興味のないキャラから攻略すること。マジプリの攻略対象は5人ですべてのキャラを攻略すると追加の攻略対象をプレイできるほか今までのキャラとの追加のストーリーやスチルも楽しめる。私はこの日のために、1週間かけて他のキャラ4人を完全に攻略したのだ!
これであとはベン様だけ!なのに今日に限って授業が目一杯入っていて、その上他の人の体調不良で急遽バイトのシフトを入れられて……家に帰り食事や入浴をしていたらもうあっという間に夜の12時。明日大学1限からなんだよなぁ。明日にしようか……否!私はこの日のために1週間頑張ったんだ。ここで眠るわけにはいかない。私は徹夜を決意した。
あーベン様カッコいいわ。他のキャラの攻略中に冷たい態度をとられてショックだったけど、頑張ってよかったー!萌える。これは萌える。この調子なら今日か明日中には攻略できるかも……
「……ふぁぁー」
うわ。黒い画面に映る自分きも。欠伸をした瞬間に限って画面暗くなるんだから。……でもちょっとマジで眠いかも……そういえばここ1週間、ゲームの攻略とレポートの課題が被ってあんまりあんまり寝られてなかったかも。
テレビ画面に映るベン様を最後に、私の意識は深い闇の中へと消えていった。
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これが昨日までの出来事。
確かに私はリビングのソファーで寝落ちした。
なのに目覚めると、全く知らないベットの上で眠っていた。
クローゼットを開けると見覚えのある制服。鏡を見ると見覚えのある顔。
あぁ、これマジプリのヒロインじゃん。
待って、一旦落ち着こ?
よくある転生ものならここで叫んで侍女やらが飛んでくるのだろうが、そもそも私は転生していない。だって死んでないし。確かにお酒飲んでたしあんまり記憶はないけど流石に死ぬようなことはしていなかったはずだ。ここは夢の中?それとも現実?夢の中なら恐らくすぐに目が覚めるはずだし、現実だとしたら私はプリマジの世界に転移したことになる。いや、死んでなくともヒロインに成り代わってるわけだからこれは転生?
とりあえず私はその見覚えのある制服を着て学校に向かう。だってどうせなら攻略キャラたちをこの目に焼き付けてから目覚めたいし、もし転生してるとしたら行かなきゃマズい。学生寮から学校の行き方など知るはずもなく他の生徒の真似でもしようかと思ったが、不思議とどこに行くべきか、何をするべきなのかがわかる。
豪華な校舎の中を通って教室に向かうと既に多くの生徒が席についていた。私は後ろの席に座る。この学校では身分が高い順に前の席に座るのが暗黙の了解となっているので、貴族ばかりの学校で唯一の平民であるヒロインは一番後ろの席に座ることとなる。
あれ?こんなイベントなかったよね?何で私知ってるんだろう。
席に着くととりあえず教科書を開く。するとそこには見たこともない文字に見たこともない内容が羅列されていた。なのに何を書いてるのかしっかりわかる。これが主人公補正というやつか。
でもどうせ転生するならもっと他の世界が良かった。なぜって?
だってマジプリのヒロイン設定が天然で鈍感で聖人君子の平民出身のただの女の子だからだ。
既に主人公が入学してから2週間が経過していたらしく、廊下には入学初日の学力テストの結果が張り出されていた。
結果は学年250人中250位。
あ、この子馬鹿だ。主人公補正はどこ行った?
夢なら早く冷めてくれと思いながら過ごすこと1週間。
今まで授業など適当に過ごしてきたが、流石にそろそろヤバいと焦り始めた。
マジプリの舞台は魔法が当たり前のように使える世界。魔力を持つのは圧倒的に貴族が多い。ヒロインであるエマ・シャーロットは、平民ながらこの世界でも珍しい魔法による治癒が可能な人物であり、それを理由にアスカニア王国一の名門校、ウィンチェスターアカデミーへの入学が許される。そこには国内外から多くの王族や貴族といった上流階級の人間が集まる。そこで攻略対象たちと恋をするのだが……
攻略対象は学内で見かけることすらなし。存在してますか?
ゲーム通りなら悪役令嬢がひっきりなしにいじめてきてそれを攻略対象が助けてくれるはずなのだが、最初の出会いイベントを発生させるための悪役令嬢が現れない。
というか主人公であるエマのスペックが低すぎる!治癒の魔法が使えることを除けば、古代語や令嬢に必要な教養もない。治癒以外の魔法を使う知識も実力もない。学力すらない。
攻略対象たちはどこに魅力を感じたのだろうか。ルックスも悪くはないが絶世の美女という訳でもない。やはり悪役令嬢という最大の引き立て役がいるからこそヒロインは成り立つのだなとしみじみ感じる。ヒロインは悪役令嬢なしにはただのモブにしかなり得ないということだ。
ヒロインの設定など全く興味が無かったのであまり覚えていないが、この子の親は既に亡くなっていて引き取られた国立の孤児院で治癒の魔法が発覚しウィンチェスターアカデミーへ入学した。
でもそれまでも学校には通っていたはずだし、もう少しできるものと思っていたが、これではアカデミーを卒業してからどうやって生きていくというのか。
1週間して戻れないということはそんなにすぐには戻れない可能性が高い。というか一生戻れないかも。
アカデミーに通っている間はいいが、その後生きていけなければ意味がない。治癒の魔法があるため餓死するようなことは無いと思うが、ブラック企業のような待遇で働き詰めなどごめんだ。
第一、私はそうならないために苦労して大学に入ったのだから。
収入の安定したホワイトな仕事に就職する!
というわけで早速職員室に行って、教師にこの世界で収入の安定したホワイトな仕事は何かと尋ねた。
「1番はやはり魔法省の職員でしょうか?公務員ですから収入も安定していますし、夏休みや冬休みと言って季節ごとに1ヶ月休みがもらえるんですよ」
決まりだな。魔法省に就職するしかないわ。
1年12か月のうち、4ヶ月丸々休めるってこと?最高かよ。
「しかし、シャーロットさん。貴方の今の成績では魔法省は厳しいかと……」
ですよねー。眼鏡の教師は気まずそうに言った。たしか魔法史の担当だった気がする。いいんですよもっと言ってやってください。それから私は魔法省に就職する方法を先生にしっかり聞いて職員室を後にした。
あの先生いい人だったなーと思いながら、急いでとったメモを見る。
魔法省に就職する方法は大きく分けて3つある。
1.3人以上の有力な貴族や王族からの推薦状
2.ウィンチェスターアカデミーからの推薦
3.2人以上の魔法省の人間からの推薦状
結局全部コネかよ!
1と3は平民のヒロインには無理だろう。唯一残された2の選択肢だが、これは学校でも成績優秀な1名にしかその権利が無いという。仕方ない。これも私の明るい未来のため。
王子さまを待つシンデレラではいられないのだ。
やってやろうじゃないか。成績優秀になれば最悪魔法省には入れずとも確実に進路は広がる。
私は図太くこの世界を生き抜いてやる!
こうして私の戦いは始まったのである。