二十一、すこし、「ある」。
「お前さー、これ何て読む?」
部屋でだらだらとマンガを読んでいると、急に兄が話しかけてきた。
その手には汚い楕円型の落書きがされた紙がある。
「……ゼロ?」
求められるものは何となく察した。
兄も満足したのかうんうんと頷いている。
「日本人はこれを『ゼロ』か『レイ』と読む。その使い分けは知ってるか?」
「あー……」
この前テレビのクイズ番組でやってたやつだ。私も一緒に観ていたのに、なんでこの知識を堂々とひけらかそうと思ったのだろう。
兄の頭の悪さにうんざりしていると、兄は自信満々で解説を始めた。
「0を『ゼロ』と読めば『全くない』の意味になるし。『レイ』と読めば『少しある』の意味になる。算数とか考えてみろ。な? 納得だろ?」
そっか。あの番組をやってた時ってちょうど部活でいなかったんだっけ。
家族全員が知っていることをわざわざ偉そうに話しちゃって。この調子だとお父さんとかお母さんのところにも同じ話をしに行きそうだな。
兄を憐れんでいると、思いもしない方向から追撃が来た。
「だからお化けは『レイ』なんだよ。少し『ある』んだ……」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
ちょっとどころじゃなく抜けているあの兄が、こんなに良くできた不思議な話を私の白けた態度を見てから即興で作れるとは思えなかった。ということは部活か何かで仕入れてきたネタだろうか。
私がマンガ雑誌から目を上げると、そこにもう兄の姿はなかった。
部屋を出て兄を探す。
今の話の真意が聞きたかった。
ところが、家じゅうを探しても兄の姿は見つからなかった。
「ねえお母さん、お兄ちゃんは?」
「え? 今日は模試で朝からいないじゃない」
お母さんの言葉はにわかには信じられず、代わりに兄の不思議な言動が頭をぐるぐると駆け巡った。




