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完全版・怪奇短編集  作者: 牧田紗矢乃
日常ノ怪①
8/105

八、手袋

残酷な表現があります。苦手な方はご注意ください。

 春になり雪が溶けると、冬の間は隠れていた落とし物がちらほらと顔を出す。

 そのほとんどがゴミだが、中には手袋や小銭などもあったりする。


 落ちている手袋は大抵片方だけだし、雪解けの泥水の中に沈んでいる小銭もわざわざ拾う気にならない額だ。

 それでも足下に何か落ちてはいないかと探してしまうのは、人間の悲しい性だろうか。




 ある日の帰り道、私は足を止めた。

 まだ半分ほど雪に埋もれてはいるが、明らかに他の落とし物とは違う。

 異質なそれに導かれるように、慎重に雪を掘った。


 埋まっていたのは新品同様の革手袋だった。しかも、両方揃っている。

 雪に埋まっていたというのに濡れている様子はなく、サイズも私の手に合いそうだ。


 最近手袋を失くしたばかりだった私は、試すようにそれを手にはめた。

 手に吸い付くような革の感触が心地いい。


 これだけ深い雪の下に埋もれていたのだ。

 持ち主も現われまいと、手袋をはめたままその場を立ち去った。




 自宅に着いた私は手袋を脱ごうとした。ところが、手袋は手に密着して脱げそうにない。

 力を込めて引っ張ると、手の皮まで一緒に引っ張られるようで鋭い痛みが走る。

 汗で張り付いてしまったのだろうか。


 滑りを良くするために隙間からハンドソープを入れてみたりもしたけれど、思うような効果は得られなかった。

 ぴったりと密着しているためか感覚は素手の時と変わりはなく、日常生活に支障をきたすこともなさそうだ。


 差し迫ったことでもないし、いずれ脱げるだろう。

 そう思った私はその日は床につくことにした。




 深夜、手首に激痛が走って目が覚めた。

 見てみれば、手袋の履き口がきゅっと締まっている。これが痛みの原因のようだ。


 手首に食い込んだ履き口を指でつまんで引っ張る。

 すると月明かりに何かが光ったように見えた。


 部屋の明かりをつけ、改めて履き口をめくる。

 そこには、鋭い歯が並んでいた。

 信じられない光景に私は思わず絶句した。


 手首に突き刺さっていた歯が一瞬緩んだのを見逃さず、その隙を突いて手を引き抜こうとした私の目論見は大きく外れた。

 手首から先には手袋が密着したままだったのだ。

 慌てる私を嘲笑うかのように、大きく口を開けていた手袋が口を閉じる。


「うっ……」


 嫌な音がして右手の手袋が外れた。


 私の手首と共に。


 続いて左手も。


 あまりの痛みにのたうち回った私は、必死の思いで夜間外来に駆けこんだ。

 治療の甲斐も虚しく、私の両手は失われた。


 長期入院という代償を払い終えて家に戻るとあの手袋は忽然と消えていた。




 両手の手首から先を失った私は退院後も仕事に復帰することは難しく、退職の挨拶をしに行くことになった。

 その時、後輩があれとよく似た手袋を持っていたような気がしたが、それについて追及する勇気はなかった。

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