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完全版・怪奇短編集  作者: 牧田紗矢乃
日常ノ怪②

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79/105

七、スイカ割り

 海水浴というのはどうにも乗り気になれない。

 ビキニが似合うほどスタイルも良くないし、海で泳ごうと思うほど泳ぎも得意ではないから。

 それでも、友人に砂浜でのんびりしているだけでいいと言われたので付き合うことにした。


「数合わせサンキュー」


 開けっぴろげな友人の態度に思わず笑ってしまった。

 レジャーシートを広げ、パラソルを立てて砂浜の一角に陣取る。


 水着を着てはしゃぎながら海へ突撃していく友人を見送った私は、ビーチに視線を向けた。

 男の子たちと楽しそうに遊ぶ友人を眺めつつ、レジャーシートの上からでもわかる砂の熱さに辟易した。


 それでも波の音を聞きながら横になっているとだんだん心地よくなってくるから不思議だ。

 しばらくして、友人は車からスイカを持って戻ってきた。


 まさかスイカ割りまでするつもりだとは思わなかった。

 とはいえ、これくらいなら参加するのも悪くはない。


 バットに額を付けてクルクルと回る男の子を囃し立てていると、若いカップルが近付いてきた。

 二人は何やら揉めている。女の方は手を握ったり開いたり何とか怒りを散らそうとしているようだ。

 男は困ったように眉尻を下げながら手を合わせて弁解しようとしている。


 その時。

 ついに女の堪忍袋の緒が切れたようだった。

 彼女が握り拳を思いきり振り下ろす。


 その拳が向けられたのは男ではなく友人の用意していたスイカだった。


 彼女の拳はスイカを打ち砕いた。

 愕然とする私たちを睨み付けながら、女は二度三度とスイカを殴りつける。

 目隠しをされた男の子だけが状況を呑み込めずに素っ頓狂な声を上げていた。


 連れの男は手に負えないと判断したのか、愛想笑いを浮かべながらゆっくり後ずさりして逃げ出そうとしていた。

 目の前で展開される一部始終に目を奪われていた私とスイカを叩き割った彼女の視線がぴたりと合ってしまった。

 彼女の口角がゆっくりと上がる。


 ――殺される!


 私たちはスイカやパラソルもそのままに、目隠しをした男の子を引きずるように車に飛び乗った。

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