一、準備室
深夜の中学校の校舎に小さな二つの影が忍び寄る。
廊下の窓に手を掛けると、それはするりと開いた。
少年の兄が下校前にこっそり開けておいた窓の鍵は開いたままになっていたようだ。
「おい、本当にでるんだろうな」
一人が押し殺した声で聞いた。
それを受けて隣にいるもう一つの影がコクコクと頷く。
「兄ちゃんが言ってた。二階の美術準備室だって」
どうにかこうにか窓をよじ登って校舎に入る。
そこは昼間の賑やかさから一転、いかにもお化けが出そうな雰囲気だ。
「でも、この中学校って先生が住んでるんだろ?」
「違うよ、それは嘘!」
友人が持ち出したのは、この中学校にまつわるもうひとつの噂だった。
美術教師が実は学校で寝泊まりしているのではないかというのだ。
けれどそれは誤りで本当はきちんと家に帰っているし、夜に犬の散歩をしているのを見かけたという証言もある。
とはいえ、大人にバレれば怒られることは間違いない。
足音を立てないように靴を脱いだ二人は、月明かりと外灯のおぼろげな光を頼りに目を凝らしながら廊下を進んだ。
少年たちの通う小学校では、いずれ通うことになるであろう中学校にまつわる妖しげな噂が囁かれていた。
その出どころは少年のように中学に進学した兄弟をもつ生徒だ。
“真夜中の美術準備室には、子供を食べちゃうこわーいおばけがでるんだって!”
噂で聞いた話を反芻すると、床の冷たさが背骨を伝って這い上がる。
思わずぶるりと体が震え、心許なくなって隣を歩く友人に視線を向けた。
友人は友人で恐怖を押し殺しているようで、めっきり無口になってしまった。
そして、ついに「美術準備室」と書かれたプレートのある扉まで辿り着く。
「……ここだ。開けるよ?」
二人は顔を見合わせると、慎重にドアノブを回した。
鍵のかかっていない扉が、悲鳴のような音を立てながらゆっくりと開く。
「どう? 何かいる……? ……うわっ!」
「どうした? あっ……」
後ろからの強い衝撃に、意識を失った二人は床に倒れ込んだ。
大きな影が二人の軽い体を容易くかついで、部屋の中に消えた。
翌日の美術準備室には、真新しい二体の子供の粘土像があった。
使われた粘土はまだ乾ききっていない。
二人の子供が戯れるような形のその像は、今にも動き出しそうなほど精巧である。
しかし、なぜかその表情は硬い。
恐怖に見開かれた目と、こわばる口元。
「だからダメだって言ったんだよ」
美術教師はにやりと笑って、子供の顔を粘土で塗り潰した。




