十三、読書家
これまでに読んだ本は約一万五千冊という読書家の男性が、氏名を明かさないことを条件に我々の取材に応じてくれる運びとなった。
一日一冊本を読んだとして、一万五千冊を読破するにはおおよそ四十年弱かかる。
何がそこまで彼を駆り立てるのか。
そして、それだけの本を読んだ彼が一番面白いと思った本は一体何なのか。
「小さい頃から、俗にいう『活字中毒』だったんだ。目に入る文字なら何でも読んだよ」
彼の活字中毒は衰えることを知らず、三十代半ばでついに仕事をやめ図書館に籠るようになったという。
寝食を惜しんで読書に勤しむ彼を奇人変人扱いする者が多くいる中で、数少ない理解者を得た。
それが彼の妻である。
しかし、その妻は若くして鬼籍に入ってしまった。
彼が人生で最も興味深いと感じた作品との出会いは、その直後だったという。
「妻の遺品を整理していると、日記が出てきたんだ。その日記には、妻と私の友人が非常に親密な仲であることが書かれていた。……あぁ、勘違いしないでほしいんだが、私は存命の人物の日記は読まないと決めている」
妻の死から間もなくしてその友人も事故で失うことになったという。
それを彼は自身が身勝手に生きてきたことの代償だと捉えていた。
妻は死後の世界に連れて行く相手として自分ではなく友人を選んだのだ、と。
では、彼は今何を求めて読書を続けているのか。
「難しい質問だね。目的なんてとうの昔になくなってしまったよ。私が私であるために、本を読んでいるのさ。本というのは不思議なものでね。読めば読むほど知らない情報が出てくるんだ。たとえば、絶対にバレない犯罪の方法とかもね。
……おっと、読書の時間だ。これで失礼するとしよう」




