五、虫の知らせ
「あんた、お父さんに会いたいかい?」
ある日の夕飯時、突然母に聞かれた。
あまりにも唐突だったので、ついにボケが始まったのかと不安になった。
父が他界したのはもう十年も昔のことである。
父は死んでいるのだし、会いたいも何もない。
その旨を伝えると「ああ、そう」と素っ気ない答えが返ってきた。
それから間もない日のことだった。
二人で街中を歩いていると、母が急に走り出した。
「少し出掛けてくるから」
そんな言葉を残して飛び乗ったのは空港に向かうバスだった。
バスは母を乗せると、すぐに発車した。
遠出をするような荷物ではなかったのに、何を思って空港へ行ったのだろう。
追いかける手段と言えば、滅多に通らないタクシーを捕まえるか一度家に帰って車で空港に向かうかの二択だ。
正直、どちらも面倒くさい。
ボケているというより何かを思いついたような感じでもあったし、帰ってきたら事情を聞けばいいだろう。
そう思い、私は遠ざかるバスを見送った。
母の帰りを待ちながらテレビを眺めていると、飛行機の墜落事故のニュースが流れてきた。
なんでも離陸に失敗して空港のそばにある小さな山にぶつかったらしい。
事故が起きたのは母が向かった空港から出る便で、嫌な予感がした。
情報を求めてチャンネルを回し続けていると、警察から電話が来た。
――事故を予感していたからあんな行動に出たのだろうか?
胸につっかえていた考えは母の死体と対面した時に吹き飛んでしまった。
重体で運び込まれたという母は、私の到着を待たずに旅立ってしまったのだ。
痛かっただろうに、苦しかっただろうに、母は安らかな笑顔を浮かべていた。
私は仏壇に手を合わせて、毎朝亡き両親に声をかける。
――お母さん、お父さんには会えましたか? 私はそろそろ一人暮らしも飽きてきました。
早く二人に会いたいです。
いつごろ会えるかな?