九、春夏秋冬
僕が生まれ育った集落には、不思議なおじさんが住んでいた。
変わった人だからか集落の人とはあまり仲が良くなさそうだった。
けれど、僕はそのおじさんが好きで、しょっちゅうおじさんの家へ遊びに行っていた。
おじさんには僕と二人きりの時にだけ見せてくれる魔法があった。
その魔法を使う時には不思議な衣装に着替えるのだが、おじさんはそれを「山伏の服だよ」と教えてくれた。
「春!」とおじさんが言うと、庭の桜の木が満開の花を咲かせる。
「夏!」と言えば辺りはうるさいくらいの蝉の声に包まれ、「冬!」と言えばはらはらと雪の結晶が舞い降りてきた。
目の前でコロコロと変わる季節に目を輝かせる僕に、決まっておじさんは言った。
「みんなには内緒だよ」
おじさんはいつも僕の希望通りに季節を変えてくれたけれど、唯一秋にだけは変えてくれなかった。
理由を聞いても適当にはぐらかされるばかりで、なぜ秋を避けるのかは教えてくれない。
そんなおじさんに、僕は言ってはいけないことを言ってしまった。
「おじさん、本当は秋にできないんでしょ」
「できるさ」
いつも優しかったおじさんの顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
おじさんは家の中へ入ってしまった。
まずい。怒らせてしまった。
こんなおじさんを見るのは初めてで、謝りに行こうにも足が震えて動けなかった。
僕が体を小さくして様子を伺っていると、いつもの不思議な衣装に着替えたおじさんが肩を怒らせながら戻ってくる。
「それ! 秋!」
おじさんの一声で、強い風が吹いた。木枯らしだ。
あっという間に紅葉していく庭の木を、秋の冷たい風がごうごうと鳴り響きながら揺さぶっている。
「ほら、できただろう」
おじさんが真っ赤な顔のまま得意げに言うと、一際強い風が吹いた。
強風に煽られたおじさんの足が地面から離れる。
そこからはあっという間だった。
風に舞う木の葉と一緒に、おじさんはうんと離れた山の方へ飛ばされてしまったのだ。
慌てて家に帰った僕は、母親に「おじさんが飛ばされたから助けに行かなきゃ」と訴えた。
だが、母親は「天狗にでも化かされたんだろうさ」と笑うだけだった。
結局おじさんは帰って来なかった。




