三、ロングヘアー
腰まであるストレートの黒髪は、私が唯一自慢できるものだった。
気難しい彼も髪のことだけは褒めてくれる。
昔はシャンプーなんてこだわらなかった私も、褒められるのが嬉しくて髪の手入れの手間を惜しまなくなった。
仕上げに高級なヘアケア用品を使うようになったし、櫛だって髪を傷めにくい素材に買い替えた。
枝毛一本だって許さない。
髪のためなら何でもしようと思った。
容姿も勉強も人並みな私を、唯一引き立ててくれたのがこの髪だったから。
今日も鏡の前に立って髪を梳かしていると、彼がやって来て私の後ろに立った。
二人の視線が鏡越しに交わる。
彼は私の髪に手を差し込んでサラサラと滑らせた。
そのまま髪を掻き分けると、首筋にキスをした。
そして――。
「お前さ、髪ばっかり気にしすぎ」
軽く囁いて、彼は私の髪を掴んだ。突然の激痛に涙がにじむ。
「やめて……痛っ! 髪が抜けちゃう!」
「そうやって朝から晩までいじくり回して。“それ”がなくなればちょっとはマシになるか?」
彼の言葉の後、カチリとライターの音がした。
咄嗟に振り向くと、髪がふわりと波打った。
視界の端に赤いものが踊っている。
異臭が鼻を突き、何が起こっているのかを理解するのにそう時間はかからなかった。
遠くに、彼が逃げていく音が聞こえる。
私はただひたすらに髪を蝕む炎を消そうとした。
けれど、毎日塗り込んできた椿オイルが燃焼を手助けしていて簡単には消えてくれない。
私が触れる度に、綺麗だった髪は崩れ落ちていく。
それが何より辛かった。
「ああ、……あぁ、あぁっ!」
なぜ? どうして?
綺麗って言ってくれたじゃない。
私だけを愛してるって言ってくれたじゃない!
それなのに、どうして……。
熱い、熱い! 熱い!!
私の意識は身体と共に炎に飲まれて消えた。




