九、黒猫
両親が寝静まったのを察知した純は、勉強机に広げた教科書をそのままに家を抜け出した。
時折走り去る車のヘッドライトを見送って、どこへ行こうかと思案しながらこっそり持ち出した父のタバコに火を付ける。
普段は優等生で通っている純のストレス発散方法がこれだった。
先生にバレたら停学ものだ。もしかしたら大学の推薦も取り消されるかもしれない。
ふーっと吐き出した煙が筋になって流れて消えていくのを眺めていると、目の前を黒猫が通り過ぎた。
その姿は純の家で飼っていたクロに瓜二つだった。
純は興味を惹かれ、タバコを踏み消すと黒猫の後ろをついて歩くことにした。
黒猫は迷いなく住宅地を進み、しばしば純を確認するように振り向いた。
猫に導かれるまま辿り着いたのは建設会社の廃材置き場だった。
黒猫がここまで誘導してきたのはなぜだろう、と周囲に視線を向けながら考えていると、重機や廃材の陰からぞくぞくと猫が集まりはじめた。
噂に聞く「猫の集会」というものだろうか。
興味深く眺めていた純の目に入ったのは、黒猫の首輪だった。赤い首輪に付けられたチャームに見覚えがあった。
それは純の家のクロが付けていたはずの……――。
周囲にいた猫たちが一斉に鳴きだした。
その姿は徐々に崩れ、血にまみれていく。
二階の窓から叩きつけるように投げられた猫は短く鳴き、動かなくなる。
近くへ行って様子を見てみると、辺りにはじわじわと血だまりが広がっていた。
そんな映像が頭をよぎった。
それはクロが純の部屋で粗相した晩の記憶だった。
クロの亡骸は道路に投げ出されたまま放置され、朝日が昇る頃には車に轢かれ原型を留めていなかった。
川に沈めた子猫やエアガンの標的にして遊んだ猫。
他の猫たちも、純が苛立ちを紛らわせるため手にかけてきたものたちだった。
「……な、なんだよ」
自分を取り囲み不穏な鳴き声をあげる猫たちに、純は思わず後ずさりする。
鋭い爪が月光に輝いた。
クロが純に飛びかかったのを皮切りに、他の猫たちも次々と純に爪や牙を向ける。
後に残されたのは、原型を留めない肉塊だった。




