八、カブトムシ
我が家には、かれこれ十年近くサナギのままのカブトムシがいる。
母は気持ち悪がって捨てろと言うのだが、父はまだ生きているのだからと飼育を諦めようとしないのだ。
うちでは他にもカブトムシやクワガタを飼っていた。
しかし、何年もサナギのまま生きている個体はこれが最初で最後だった。
インターネットで調べてみても、そんな症例は出てこない。
結局、カブトムシが成虫になるよりも先に父が病気で死んでしまった。
こんなことを言っては母に怒られるが、私は父の死に安堵を覚えていた。
私だけが知っているカブトムシの秘密。
あれは、私が小学生の頃だった。
サナギを観察しようと飼育ケースを持ち上げた時、手が滑って床に取り落としてしまったのだ。
床に散乱する土と乱暴に放り出されたサナギ。
拾い上げてみたけれど、微動だにしない。
サナギが死んでしまったと知ったら、父に怒られる。
私はとっさにこの状況を隠蔽しなければいけないと思った。
その時、私の目に入ったのは友人から貰ったおもちゃだった。
そこにはカブトムシの成虫、幼虫、サナギそれぞれのリアルなおもちゃが入っていた。
私はサナギのおもちゃを土の中に戻し、死んでしまった本物のサナギは親にバレないように、こっそりと庭に埋めて隠した。
父はサナギの入れ替えに気付かないまま気長に世話をし続けた。
世話と言ってもたまに霧吹きで土を湿らせるくらいのものだ。
実際に触れるわけではないから気付かれずに済んだのだろう。
だが、このおもちゃの役目ももう終わりだ。
飼育ケースをひっくり返し中の土を全て掻き出し、土だらけになったサナギのおもちゃを拾い上げる。
ゴミ箱へ捨てに行こうと立ち上がった瞬間。
私の手に収まったシリコン製のサナギのおもちゃは、嫌がるように足をバタつかせた。




