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完全版・怪奇短編集  作者: 牧田紗矢乃
動植物ノ怪

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33/105

六、霊樹

 その日、私は後ろめたさと大きな包みを抱えて帰宅した。

 これを持っていれば幸せになれるという言葉にそそのかされて、二十万円という大金を支払ってしまった。


 夫の不倫へのあてつけ、なんて言い訳が通用するだろうか。

 家庭の不和を言い当てられて動揺してしまったのだ。


 しかし、一人になって歩きはじめると次第に冷静さを取り戻してきた。

 そこへきて、自分のしてしまったとんでもない買い物に気が付いたのだった。


「おかえりー……って、何その包み」


 玄関先で私を迎えてくれた息子がぎょっと目を見開いた。

 私は答える代わりに包みを開けて見せる。

 そこに収まっていたのは、朽ちかけた木だった。


「霊樹さま。ご神木なんだって」


 息子はしかめっ面をしてご神木をつつく。

 その刺激だけでご神木の表面がぼろぼろと崩れ落ちた。


「ママ、これ絶対腐ってるよ」

「うん……」


 明らかな詐欺に遭ったのだと理解してそれまで以上に気分が沈む。

 その時、息子が小さく悲鳴を上げた。

 剥がれた表皮の隙間から、白くぶよぶよしたものが蠢いているのが見えた。虫食いだったのだ。


 ――捨ててこなきゃ。


 大枚をはたいてしまったので惜しい気もするが、虫の湧いた朽ち木は家に置いておけない。

 観念して捨てようとした時、ちょうど夫が帰ってきた。

 夫は木の中に巣くっている虫を見るなり、目を輝かせた。


「それ、逃がすなよ」


 一言言い残すと、夫は家を出て行った。


 間もなくして夫は腐葉土の袋を抱えて家に帰ってきた。

 空いていた衣装ケースに土を詰め、そこにご神木を横たえてさらに土を掛ける。

 仕上げに霧吹きで水をかけて満足そうに頷いた。


「何してんの?」

「クワガタ、見つけてきてくれたんだろ?」


 と目を輝かせる夫は、まるで少年のようだった。


「飼うつもり?」


 私が半ば呆れながら問いかけると、夫は当然とばかりに首を縦に振った。

 夫は小さい頃からクワガタを飼いたかったが、虫嫌いの義母がそれを許さなかったらしい。




 それ以降夫の生活は一変した。

 不倫相手と縁を切り、仕事が終わると真っすぐに家へ帰ってくる。


 自分の子供ですらまともに面倒を見なかった夫が熱心に虫の世話をする様子は不気味ですらあった。

 けれど、私がクワガタを盾に取ると多少面倒なお願いでも聞いてくれる。

 少々高い買い物ではあるが、本当にご利益があったようだ。

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