一、蝶
暑さに耐え切れず開けると、ヒラヒラと一匹の蝶が風と共に部屋へ迷い込んできた。
美しく複雑な柄の羽をもつ見慣れない蝶に私は目を奪われる。
しばらく部屋の中を飛びまわった蝶は窓辺の花瓶に挿してある花に止まった。
時々羽をひくりと動かしながら蜜を吸った蝶は、満足すると再び舞い上がり窓の外へ去ってゆく。
一連の動きを声も出せずに見つめていた。
正直なところ、私は虫が好きではない。
かといって片っ端から殺虫剤をかけて殺すほどに忌み嫌っているわけでもないが。
まあ、触ることに多少抵抗がある程度だ。
触ることが嫌だから、居ても気にしない。
放って置けば勝手に出て行くだろうというのが私の持論だった。
しかし、このように美しい来客は珍しい。
「こういう虫ならいくら来てもいいんだけどな」
私の呟きが届いたのか、その日からあの美しい蝶が私の部屋へ頻繁に訪れるようになった。
私は客人のために新しい鉢植えを買い、日に日に数を増す彼らで華やぐ部屋を写真に収めた。
秋の訪れと共に蝶たちは姿を消し、鉢植えにも枯れた葉が目立つようになってきた。
そろそろ片付けなければ、と鉢に手を伸ばすと何か小さくてもぞもぞと動くものがあることに気付いた。
「ひっ!」
顔を近付けて正体を確認した私は思わず悲鳴を上げた。
全身に鳥肌が立ち、とっさに鉢植えから逃げる。
あの蝶たちは鉢植えに卵を産みつけていたのだ。
虫に触れないなりに、どうにかして部屋から毛虫を追い出そうとした。
だが、現実はそう上手くいってくれない。
私の部屋はあっという間に大量の毛虫の放牧場と化した。
私の持論通りなら、いつか奴らは居なくなる。
毛虫だらけの部屋でその日をじっと待つしかないようだ。




