十一、電柱
「別になんてことない交差点なんだけどね、すごくよく事故が起こるの。その辺に住んでる人は『魔の交差点』なんて呼んじゃってるらしいわ」
ある日の雨の夜のドライブ中、彼女が突然語り始めた。
ビビリの僕が震えるのを見て彼女は笑うのだ。
それが気に食わなかったので、虚勢を張ってふうん、と素っ気ない相槌を打った。
彼女は少しつまらなさそうな様子を見せると、意地悪く微笑んで再び口を開く。
「どうもね、その交差点に立ってる電柱が怪しいらしいの。その電柱によく車がぶつかるらしいのよねぇ……。で、不審に思った地元の人達がその土地の歴史とかを調べたらね、出てきたのよ。黒い歴史が!」
「へぇ?」
平静を装ってみたが、背筋には冷たいものが走り心臓はバクバクと暴れていた。
彼女は毒々しい位に赤い唇を尖らせ艶のある声で囁く。
「それがね、人柱だったのよ。人柱! しかも、それが最近作られたものらしくって。コンクリートの中に人が閉じ込められてるから他のより一回り太いんだって!
もしかしたら、あの電柱がそうだったりして。ほら、花が供えてあるわ……」
反射的に彼女が指さした方へ視線を動かしてしまった。
キキーッ。
僕は思わずブレーキを強く踏んだ。
車体が大きく揺れる。
雨で濡れた路面で車がスピンしたのかもしれない。
体を左右に揺さぶられながら、僕はハンドルに埋めた顔を上げることができなかった。
彼女の悲鳴が聞こえ、凄まじい衝撃が僕らを襲った。
彼女は即死だった。
僕の方は、視力は完全に失われてしまったが辛うじて一命を取り止めたらしい。
車は廃車になったものの、ぶつかった電柱は無傷で不思議な事故だと警察官に聞かされた。
光を失った僕の網膜には、事故の直後に見えた光景が鮮明に焼きついていた。
電柱から伸びた真っ白な手が割れたフロントガラスの隙間をこじ開けて、彼女の腕をしっかりと掴んでいたのだ。
あの手に掴まれたのが僕だったら。
一体どうなっていたのだろう。




