二十八、百物語
「夜中に目を覚ましたらさ、床で何かが蠢いてるんだよ。で、よくよく目を凝らして見たらさ。指だったんだ。
俺が電気をつけたら泡食ったみたいに、のたうち回りながら逃げてったんだけど……」
そう語った彼はろうそくをふっと吹き消した。
その瞬間辺りは真の闇に包まれる。
向かいの人間はもちろん、己の手さえ見えないほどの濃密な暗闇だ。
その闇は百物語が終わったことを意味していた。
途中でネタが尽きて、適当な作り話をした者もいただろう。
ネットで有名になった怖い話をした者もいただろう。
それまで語られた百の物語よりも、今、目の前にある暗闇が怖い。
彼らの恐怖心を体現するように、闇は圧倒的な質量に膨張していた。
張りつめた空気全員が息を飲む。
百物語をしていたうちの一人が立ち上がろうと足を崩した瞬間、闇が弾けた。
貸し切りにしてもらっていた寺の縁側に向かう障子が風圧で外れた。
その瞬間、部屋の中の圧力が一気に下がる。
予期しない出来事に、百物語に興じていた面々は悲鳴を上げながら我先にと庭へ逃げ出した。
山の夜風が冷ややかに彼らを迎える。
背後にどっしりと寺が構えているのを見ると、じわじわと安心感が湧いてきた。
夜風に当たり頭が冴えてきた彼らの目に映ったのは、麓にある街の方へと向かう黒い霧のような塊だった。
「なあ、あれなんだと思う?」
その問いに答えられる者は誰一人としていなかった。




