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#54

 業務内容がつらい。

 錬弥さんから連絡が来て、ようやくバイトをすることができるようになったはいいものの、存外難儀している。

 ただオーダーメイドの依頼を受けるだけなんだが、こっちが聞くことも多いが、それ以上に客の注文が多すぎる。

 メモは取るが、相手は話をやめないので書く速度も上げて、随所抜き取っていくしかない。

 特にここに来る人は見た目と値段のいい芸術品を求めに来る。

 要は、金持ちだ。

 やはり価値観の相違が多々出てくることは否めない。

 というかまずまずバイトにやらせることではない。

 本当に人手が足りてないんだろうけど。


「店長。終わった」


「樹君もう勘弁してください」


 バイトを始めるに至って錬弥さんには君付けで呼んでもらうことになった。


「なんでだ?マニュアル通りだぞ」


「仕事してくれるのはありがたいんですが……」


「注文細かすぎてこっちが死ぬよー」


 実際目に隈ができているこの人は金栗双葉かなぐりふたばさん。


「もう手一杯です」


 こっちの敬語を話すクールな感じの人は銀鏡翡翠ぎんきょうひすいさん。

 初めて挨拶した時名前が美しくてもう一度聞いてしまった。

 今思い返すと少し恥ずかしい。


「今日はもうないので、依頼の整理をお願いします。あとできれば優先順位をつけてもらえるとありがたいです」


 金栗さんと銀鏡さんのメモ書きだけ渡されて、カウンターで書類整理を始めた。


「さてと、まずは依頼を見るか」


 ざっと見るだけで十数件。

 基本三人で数日で一個のペースで作っているが、受ける依頼の数に対しての進捗は絶望的だ。

 店が休みでも錬弥さんがなんとか作っているおかげで、依頼の期限には間に合っているらしいが、どう考えても手一杯だろうな。

 毎日依頼を受けるわけではないが、それでも中々の頻度だし。


「こだわりが強いからなぁ……妥協しないのが良くも悪くもあるよな……」


 何も知らない俺でさえ、注文を聞いている段階で大方の形が分かるぐらいには細かい。

 しかしそのおかげで、整理はしやすかった。

 まずは、走り書きで取ったメモを見ながら、依頼の詳細を書く。

 客に見せるために簡易化したメモも同様に、相違はないかも一応見ておいた。

 金栗さんと銀鏡さんのメモのおかげで、専門的な部分も大方分かった。


「店長終わったぞー」


「もうやることないですよ」


「掃除するわ」


「金栗さんのところだけはあまり掃除しないでやってください。あの状態で物の位置把握しているみたいなので」


「了解」


 部屋が汚い人あるあるだな。

 部屋は物が散乱して汚れているが、物の位置だけは覚えている。

 しかも、本当にあるのだ。

 だから、逆に整理してしまうとどこに物があるのか分からなくなり、手間取るという。

 なので金栗さんのところからは、ごみだけ貰って、すぐに撤退した。


「銀鏡さんどこか掃除したほうがいいところありますか?」


「そうですね……ああ、そこの机全部片づけてください。場所は少し待ってください」


 そういうと銀鏡さんはメモを書いてくれた。

 銀鏡さんのメモは完璧だ。

 何が必要で必要じゃないのか。

 どこへ物を運んだらいいのか。

 名前じゃわからないだろうというものは、詳細と簡易的な絵を残してくれる。

 逆に金栗さんのメモは酷い。

 まず、上から下までびっしり書く。

 あれとこれの多用が酷い。

 二人の性格は反している。

 それは机にも現れている。

 金栗さんの机が汚い事は分かっていると思うが、銀鏡さんの机は、綺麗だ。


「錬弥さん嫁にするんだったら絶対銀鏡さんのほうがいいと思う」


「何の話をしているんですか……二人ともただの後輩ですよ」


 話によると二人は錬弥さんの後輩らしい。

 錬弥さんはただの後輩と思っているかもしれないが、二人は違うかもしれない。

 なにかを感じるのだ。

 この工房に蠢いている。

 先輩後輩という軽い考えではない何かがだ。

 外からじゃ感じなかった気まずさがそこにある。

 執念の洞窟から抜け出し、俺は店の中を整理して周った。

 店の中に客はいない。

 店の中まで客を入れてしまうと人が多すぎて捌ききれないということから、基本的に予約した人のみ店の中に入れるということにしらしい。

 予約していない人は、特別に店を開けている日か外から中の様子を伺うしかない。


「にしても大変そうだよなぁ」


 バイトとして入ったら気づいたのだが、まあなぜ三人で回せているのか分からないという感じだった。

 まあ三人が特段優秀というのが、何とかなっているという証拠だろう。

 錬屋さんは言わずもがなという感じではあるが、銀鏡さんも金栗さんも仕事を終わらせる速度が速い。

 正直俺一人いたところでという感じではあるのだが、そこら辺は当人達によると限界だったから助かったそうだ。

 錬屋さんが店の中から出てきた。


「よし、今日は終わりでいいですよ」


「まだ時間来てないぞ?」


「仕事終わらせるのが速すぎるんですよ……何か別の仕事を考えておかないと」


「仕事は少ないほうがいいんだぞ」


「優秀な人材が来てくれたので使えるだけ使ってやろうと思いまして」


 錬屋さんの顔には微笑みが浮かんでいた。

 愛理さんが何かしてやろうと考えているときと似ている。

 荷物もまとめ終わり、工房に顔出して


「じゃあ帰ります」


「お疲れー」


「お疲れ様です」


「お疲れさまです。あぁ、そうでした。樹君今度来るとき夕飯どうですか?」


「あー分かった」


 誘われたなら断るわけにもいかない。

 ただ、集まったときの圧が怖い。

 愛理さんもそうなんだが、銀鏡さんと金栗さんからの圧が。

 工房でそれぞれが作業しているときは全然感じないのだが、錬屋さんと銀鏡さんと金栗さんの三人が揃ったときの謎の睨み合いには、胃が痛くなる。


「あ、愛理さんも誘っていいか?一人で飯食わせたくないし」


 俺が夕飯を食べに行くと愛理さんが家で一人飯を食うことになる。

 いつも夕飯を用意してもらってるのに、二人で食えないのは悲しいしな。


「いいですよ。いいですよね?二人とも」


「大丈夫よー」


「大丈夫です」


 温かい職場だ。

 家に帰ると愛理さんが玄関で待っていた。


「おかえりなさい」


「玄関に居なくていいんだぞ」


「いやだってお風呂にしますか、ご飯にしますか、それとも私?って聞けないじゃないですか」


「どれも愛理さんが付いてくるな。それに、なんか家帰って家事している愛理さんの姿を見るほうが嫁って感じがして好きだしな」


「お風呂もご飯もなしにして襲っていいですか?」


 まあ冗談半分なのは分かっているので、キスして頭を撫でてそのままリビングへ。

 俺は一番に飯と選ぶのが分かり切っているので、もう夕飯は用意されている。

 一緒に食卓に座って、夕飯を食べ始めた。


「あーそうだ。今度、バイト行く時夕飯誘われたんだが」


「樹さんは私に一人で悲しくご飯食べてろって言うんですか」


「だから、愛理さんも誘っていいか聞いて、いいって言ってたから一緒に行こう」


「迷惑じゃないですか?」


「いや、大丈夫だろな」


 だって錬弥さんは別に気にしないだろうし、銀鏡さんと金栗さんに至ってはお互いに睨み合ってるだけだし……

 要はいても気にされない。


「あ!思い出しました……」


「なんでちょっと嫌そうなんだ」


「嫌だからです。樹さん、夏休み中にまあ所謂社交界というやつに出ないと行けなくなりました」


「礼儀作法とか知らないぞ」


「そこら辺はまあこれから教えるので大丈夫ですけど……どうやら他の財閥家と名家と言いますか、財閥家の元締めみたいな家も来るんですよね……」


 愛理さんが随分と嫌そうな顔をして話す。

 要は、腹の探り合い、駆け引きの絶えない経済社会の渦に入ることになるということだろうな。


「というかそんなに財閥家ってあるのか?」


「俗に言われる四大財閥家ってやつです。櫻祇さくらぎ陽条ひじょう緋森ひしんそして雪上ですね」


「意外とあるな」


「で、その元締めというのが天文字てんもんじですね」


 櫻祇、陽条、緋森に関しては日本の経済界の中でもかなり有名で、どれも関わりがないという日本人のほうが少ないレベルだろう。

 しかし天文字に関しては聞いたこともない。


「天文字ってのはどういう家なんだ?」


「まあ日本の経済界を裏から牛耳ってる家ですね。分かりやすく言うなら……財閥解体を消した家ですかね?」


「要はその家なかったら愛理さんに会えなかったかもしれないというわけか」


「まあ私と樹さんは魂で繋がっているのでどんな形であれ出会っていたとは思いますけどね」


 まあ普通に考えたら、財閥家の娘と許嫁ってのがおかしいから案外間違っていないような気もする発言だった。


「まあ嫌な話は忘れましょう」


 それからは他愛のない話をしながら愛理さんの作ってくれた美味い夕飯を食べた。

 寝る支度をして、ソファーでだらけ始めた。


「配信したくなーい」


「今日だったか?」


「明日です」


「やりたくないと言うにはまだ早いな」


「樹さんとイチャイチャするっていう時間のほうが楽しいし、好きなのでその時間が奪われるのが嫌になってきました」


「まあ分かる。画面越しに愛理さんを見るぐらいなら愛理さんと一緒にこうやってだらけているほうがいいしな」


 目の前に愛理さんがいる。

 それが当たり前となってしまった俺には少し愛理さんに配信してほしくないという感情まで出てきてしまっている。


「まああと、配信と現実の違いが出過ぎて頭が混乱する」


「喋り方違いますもんねー」


「敬語いい加減やめたらどうなんだ?」


「もう無理です。まあ樹さんに滅茶苦茶にされたら不意に出ちゃうかもしれませんけど」


「中身は変わらないんだよな」


 愛理さんは愛理さんだという事実は変わらない。

 まあ最も俺が言いたいのは、喋り方こそ違えど喋る内容は一緒ということだな。


「まあ明日は六期生とのコラボだろ?」


「フォルナちゃんに寝取られるかもしれませんよ?」


「愛理さんに限ってそれはないから安心できるな」


「分からないですよー」


 あまりにあっさりとした言葉だった。


「樹さんちゃんと配信見てくださいよ?」


「勿論見るぞ」


「コメントもしてくださいね?」


「愛理さんがコメントに集中するから駄目だ」


 愛理さん、俺が配信にコメントするたびに必ず見つけて反応して、騒ぐ。

 流石にコラボ最中もそんなことをされては逆に俺が恥ずかしくなってくるので今回はコメントを控えようと思う。


「これから忙しいのに樹さんが冷たい……」


「そんなに忙しいのか?」


「まあ六期生コラボじゃないですか。それに生徒会選挙、収録、八月入ったら社交界、siveaのイベントにコミケ。九月もsiveaのイベント関係と文化祭、十月ライブ、十一月修学旅行……」


「多忙だな……」


「なに他人事みたいに言ってるんですか?樹さん六期生コラボと収録以外全部出席ですけど」


 愛理さんの衝撃の言葉に俺は脳みそが真っ白になった。


「じゃあ聞くけど生徒会選挙愛理さん出るのか?」


「いやーお母さんに出ろって言われまして……あ、ちなみに樹さんは副会長で立候補させておきましたよ」


「落ちるから大丈夫だな」


「まねーいずぱわー」


「やめてくれ」


 こんな不正を働かせるような子に育てた覚えはない。

 生徒会に所属しろって言うだけだったら別に承諾していたかもしれないが、副会長は流石に嫌だな。

 あとで、何とかしてもらおう。


「次、siveaのイベントってどういうことだ?」


「毎年やってるやつですけど」


「それは分かってる。なんで、俺が関係してるんだ」


「だってsiveaのライブ他所からも呼ぶじゃないですか?だから、樹さんも呼んで出させようってことになりました」


 俺の居ないところで勝手に話が進んでいる。

 なんなら決定しているのに俺には一言も言わない始末だ。


「社交界とコミケは言ってたからいいとして。siveaのイベント関係ってなんだ?」


「正確には多分私と樹さんの実写が始まるって感じですかね。は~い、別の名前にはなりますけどね」


「次、十月のライブってなんだ?」


「私と樹さんがイチャイチャするだけのライブです。他の人は一切呼びません。ただ、観客の前でイチャイチャするだけです」


「わけがわからない」


 愛理さんが暴走してしまっている。

 ここまで行くと事務所が愛理さんを動かしているというよりか愛理さんが事務所を動かしてしまっている。

 まあsiveaだしなで済まされる話じゃない。


「あ、ちなみに樹さんのあのくそでかライブは正月明けの休日に決定しましたから」


「なんで決定してるんだよ」


「ちなみに規模は……まあ普通にでかいですね。企業も呼びますし」


「愛理さん?」


 正直暴走という単語でまとめてしまっていいのかと悩んでいる。


「いやーこれからが楽しみですね」


「俺は胃が痛いけどな」


「大丈夫ですよ。私が全部ついてるので」


「頼もしいけど、それを企画したのが愛理さんなんだよなぁ……」


 興奮する愛理さんを落ち着かせながら、寝室へ向かった。

 色々と整理しないとな……

 そう思いつつ、布団に寝転がったときには睡魔に呑まれていた。






 次の日、生徒会選挙について京一に聞いてみた。


「ん?お前知ってるもんだと思ってたぞ」


「まずまず生徒会でもない奴が立候補して大丈夫なのか?」


「大丈夫みたいだぞ。なんか今回の生徒会は影が薄すぎて一新しろだとか言われてるぐらいだしな」


「政治かよ……」


 学校のただの生徒会でそんな事態になるなんて、今回の生徒会のメンバーはどうなっているんだ。

 まあ、紀里と愛理さんが金と権力で牛耳ってるから、影薄くなるのも分からないでもないものだがな。

 それはそれ。

 俺は勝手に立候補されていることに不満があるんだ。


「で、大丈夫なの春崎先生?」


「え、だって愛理ちゃんが『樹さんが出しておいてくれって言ってました。なんなら血判もつけましょうか?』とか言ったからまあ大丈夫かって」


 どうやらもうこの教師は愛理さんに懐柔されているらしい。


「猪口先生は」


「知らん。あと雪上とお前が生徒会だったら楽しそうだから大丈夫だろ」


 そうだった猪口はそういう人間だった。

 愛理さんがいつの間にか俺の逃げ道を全て絶っていた。


「どうせだったらやりなよ」


「俺は面倒なことが嫌いなんだ」


「愛理ちゃんが全部してくれそうだけど」


 それはそう。

 俺に仕事は一切与えないだろうな愛理さんは。

 使えない教師を背に俺は悩みながら愛理さんの元へ向かった。


「愛理さん生徒会の話どうするんだ?」


「一緒にやりましょうよ。なんなら生徒会のメンバー一新したっていいですよ」


「勘弁してくれ」


「そういえば副会長のもう一人って誰なんだ?」


 副会長は男女で二人いる。

 大体生徒会選挙って他に立候補するやつがいないから、取り合えず良さげな生徒会役員を選挙に出させて、なあなあで決まる奴のはずなんだが。


「きーちゃんが立候補してますよ」


「生徒会長じゃないのか」


「面倒な仕事は全部私に押し付けるつもりですよ」


「俺にも流れてくるだろうそれ」


「樹さんも私に書類押し付けていいんですよ。性欲と一緒なら」


 俺は書類仕事が確定したようだ。

 愛理さんが生徒会長になったら、この学校どうなるのか分かったもんじゃないな。

 愛理さんの一存で全てが変わってしまうぐらいには、力を持っているからな。

 今後この学校がどうなっていくのか楽しみにしつつも俺は愛理さんに仕事を任せられる未来が見えて、一人勝手に苦しんでいる。

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