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ウォーキング

作者: ぱせり堂

会社をいくつも経営するヨシオはかなりのワンマンであり、社員に対してはもちろんだが取引先にたいしても高圧的な態度で接しており、かなり自己中心的な人物だが家庭では妻とこどもには優しく、良き夫であり父親だ。

 休日の朝、川沿いの遊歩道は家族での散歩やウォーキング、またジョギングする人、川面を見ながらのんびりと歩く人などで賑わいを見せる。その中に週に一度、健康とストレス解消のためのウォーキングをするヨシオがいた。

 ヨシオは四十代でいくつかの会社を経営する実業家だ。綺麗な妻とかわいい子供もあり、人が羨むほどこれ以上ないという生活を送っていた。そんなヨシオは、今の生活を手に入れるためにガムシャラに前だけ見て目標に向かい働いてきた。自分で決めたことはどんなことがあってもやり遂げる頑固な面があり、周りが意見を言っても聞く耳を持たず、しまいには良かれと思い意見を言ってくる人を目障りだといい排除してしまうことも。それだけでなはなく、他を蹴落とし、人には言えないことも数知れずやってきた。成功した今でも、お金、地位、名誉を求め欲望むき出しで仕事をしている。それが自分のためであり家族のためと思っている。他人のことなどお構いなしだ。

 これまでに友人、知人というものが幾人もヨシオに近づき、お金の借金や融資、会社の再建など頼みに来るものがあったが、自分の利益につながらないものは全て切り捨て、人がどうなろうと構わないという信念で生きてきた。それにより相手の会社が倒産して路頭に迷う人や生活に困りはて自ら命を絶つなど、ヨシオのために苦渋を舐めるものが数多くいてヨシオを恨む人が後を絶たないことも事実だった。

 

 ヨシオはそんな仕事のストレス発散と健康維持のため週に一度は、一万歩のノルマを必ず達成するために川沿いの遊歩道をウォーキングしていた。一万歩は最低の目標であり今まで一度たりとも一万歩に到達しなかったことがないのが自慢だった。

 ウォーキングも仕事同様にわき見もせず前だけを見つめ、時に前から来る人があれば、俺の道だ、邪魔をするなと言わんばかりに相手をよけさせ前進するのみだ。また、自分の前に人がいれば追い越さずにはいられず常に一番前に出ないと気が済まない性格で、人を追い越すと気分が晴れやかになった。後ろから追い抜いていく人がいれば忽ち闘争心がわき抜き返すといった具合だった。ある時など後ろから注意を促すベルを鳴らしながら来る自転車にむけ振り返り、

「うるさい!」

と文句を言い、しまいには説教する始末だった。そんな前しか見えてないヨシオだったので景色を見て季節の移り変わりを楽しむウォーキングなど皆無であり、目の前に道があるから歩く、さらには道がなくても自分が歩けば道ができるそこに壁があっても突き抜けて行くというくらい猪突猛進のイノシシがウォーキングをしているようなものだった。


 ウォーキングを続けるヨシオの前に幾人かの人がいたので、いつものようにひとりひとり追い越して行き先頭に立つと自然と笑みがこぼれた。

「前に人がいないのは気持ちがいいな」

心の中で思い、ちょっと後ろを振り返り自分が抜いた人たちをみやり優越感にひたった。そしてまた、前だけを見つめ周りの景色など楽しもうとせず人よりも早く前へ前へとウォーキングを続けるヨシオの前方に緩やかなカーブが見えてきた。そのカーブを過ぎればヨシオの自宅へと通じる脇道が見えてくる。ヨシオは今までより足を速めた。カーブがどんどん近づいてきたと思ったがその緩やかなカーブは先ほどと同じ距離を保ったまま、カーブを超えた先にある自宅へ通じる道が見えてこない。

「あれ、おかしいな?」

ヨシオを足の回転をあげた。

「おかしいな。いくら歩いてもカーブまでたどり着かないぞ」

ヨシオは走り始めた。そして前を見つめるとカーブとの距離は変わらず保ったままカーブの先は見えてこなかった。


 走っているのにカーブまでたどり着かない」

ヨシオはさっきよりも早く走る。でも、カーブとの距離が縮まらない。カーブがヨシオから逃げていく。それも同じ距離をたもったままだ。ヨシオは一度、立ち止まり今度は一歩一歩ゆっくりと歩いていく。するとカーブも同じ速度で遠ざかる。

「どういうことだ。カーブが逃げていく」

ヨシオは歩きつづける。カーブはヨシオとの距離をたもったままだった。

「もう、ずいぶんと長い間、歩いているのに」

ヨシオは休まずに歩いて、歩いて、歩き続けた。そして疲れ果て立ち止まり座り込んでしまった。首はうなだれ、額から玉のような汗が滴り落ちる。

「どういうことだ、前に進めない。まるでループ地獄だ」

ふと首を後ろに回した。


 今まで歩いて来た道に目が向いたヨシオは驚愕した。

「道が、道がない」

ヨシオが歩いて来た道の数メートル先がなくなりまるでブラックホールのように真っ暗闇に、そしてその暗闇がヨシオを飲み込もうとどんどん近づいて来ているのだ。ヨシオは立ち上がり前に走り出した。後ろからは暗闇が迫り前のカーブは逃げていくばかりだ。このままだと暗闇に飲み込まれてしまう。

「助けてくれ!誰か」

必死に叫んだ。そして前へ走り出す足がもつれ転んでしまった。ヨシオは振り向き、暗闇に飲み込まれると諦めた。

「たすけて。おねがい、たすけて」

暗闇の中から低く冷たい声が聞こえて来る。

「たすけて。おねがい、たすけて」

また低く冷たい声が、すると暗闇の中に人魂のようなものがいくつも現れた。恐怖にふるえながらヨシオは見た。それはヨシオに邪険にされ路頭に迷い自ら命を絶ったもの、生活できずに苦しみながら亡くなったものたちの姿だった。

 

 ヨシオは恐怖におののきながらも立ちあがり暗闇に呑み込まれまいと走りだした。必死に走りながら目から涙を流していた。恐怖ばかりではない、悔いていた。自分のことしか考えず他人はどうなってもかまわないと思っていた自分自身を悔いていた


 ヨシオは走るのをやめ立ち止まり振り返って暗闇に向け深々と頭を下げ土下座した。このまま暗闇に飲み込まれてもかまわないとヨシオは思った。その時、日の光が差し込み周りが明るくなった。ヨシオはゆっくりと顔を上げた。すると目の前のブラックホールのような暗闇は消えて道が続いていた。


 ヨシオは緩やかなカーブへ向かい歩き始めた。今までとは違い、ゆっくりと歩いた。さっきまで距離が縮まらなかったカーブが近づいてくる。早く歩いても、ゆっくり歩いてもカーブは近づいてくる。そして立ち止まり周りを見回す。そこには自分が今までみようともしなかった、ありふれた変わらぬ景色があった。


「あなた、あなた。」

妻の呼ぶ声に顔を向けると、そこは自宅の玄関だった。

「今、何時だ?」

妻に聞いたが、ヨシオはジャージのポケットからスマートフォンを取り出し時間を見た。するとウォーキングに出かけた時間からは三十分と経っていなかった。もう何時間も歩いていたようなと思いながら今度は歩数計を見たヨシオは

「9999歩?」

「あなた、どうしたの?」

スマートフォンの画面を妻に見せながら、

「10000歩に届いてなかった・・・」

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