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既外天地のアヴァターラ ~いまだ汝の見たことないワタシの姿~  作者: 大和尊
dvija kathā / 再生の物語
1/1

1話 saṃsāra/転生





 ―――地獄を見た。



 堕ちるような


 呑まれるような


 潰れるような


 割れるような


 砕けるような


 崩れるような


 そして最期には燃え尽きるような


 どれもこれも『破』と『壊』と『滅』と『却』を意味づけるような


 ―――そんな地獄を見た。


 

 そして此れが今ではないことも、同時に何時起こってもおかしくないモノであることも解った。

 尤も、其れが自分に関係することでないと何処か他人事であるのだが。

 何故かと問われれば、己はいないからとでもいえばいいか。

 此れが起こる以前に、自身はいないからともいえた。


 終わりとは、存外早くに訪れるものである。

 そう、自分は死を迎えたのだ。

 どんな死に方だったのかは、明確には覚えていない。

 知覚できなかったのだ。あまりにも単調かつ、突然であったがゆえに。

 取り立てて優れた能力はなく、取り立てて優れた人格でもなかったと思われる。

 数多に溢れる凡庸の謗りを受けるであろう、取るに足らない何者かだったからか。

 或いはソレすら烏滸がましいといわれる汚泥のような扱いだったからか。

 それとも――或いはと、朧げな自分という人間がどのような存在であったかを思い描く。

 魂と呼べるものが、あまりにも代わり映えしない平凡な生活に、錆びきってしまったのか。

 だが、其のいずれもがしっくりとはこない。

 また、どこか他人事のような感覚さえ覚える。これも自分がないからであろうか。

 無価値、とは自分のためにあるような言葉なのだろうか。



 ―――あぁ



 口惜しい、と感じるのは何故だ。


 生きたい? 違う、そんな執着はもう何もない。

 生きるということが苦しいことと知っているからではない。

 寧ろだからこそ懸命に生きたという証が輝くのだと思う。

 それを理解しながら自分はそう生きられたとは思わない。

 だから、生きたいという執着心は生きていた当初もなかったと思う。

 家庭も持たず、ただ流されるまま生きていた。誰も自分を哀しむものはいまい。

 だが、それでいいと誰かが言っているような気がした。


 悔しい、と感じるのは何故だ。

 そう感じるほど自分は何かを積み上げてきていたのか。―――いいやそんなはずはない。

 目指すものは何もなかった。憧れるものも何もなく、漠然と生きてきた。空虚と虚無が心を満たすのはそれが理由だ。―――そのはずなんだ。

 そうだ、目を閉じてしまおう。それがいい、それでいい。

 目を、閉じれば………終わりなんだ。

 目の前にあるあの地獄も、自分にはどうすることもできないのだから。



『本当にそれでいいのかい?』



 ドクン、と何かが脈打つ。

 耳によく通る―――いや、耳もないのにはっきりと聴こえる声にバチリ、と火花が散った。

 同時に、寒風吹き荒ぶ胸に、何か、疼痛のような違和感が涌き出る。



『無念じゃないのかい?』



 無念? 矛盾する、矛盾している。

 何もしてこなかった。何も為しえてこなかった自分が、何を以て無念を定義するのか。

 自らを包む死の安らぎに包まれながら、微かに残る思考を巡らせる。

 何が無念だ? 何も成し遂げてはいないのに。

 何もしてこなかった。熱を上げる趣味も何も、己には無かったから。

 これまでも、そしてこれからも自分は本物にはなれないのだから。



 だというのに―――天啓、あるいは大悟の如く思い至る。至ってしまう。



『何もできなかった。それが、君の無念なんじゃないのかい?』



 また声が聴こえる。自分に語り掛けている、自分に寄り添っている、そう心から感させる声が。


 生きてきた、何かを積み上げることができなかった。

 後に遺すようなものを、何も遺せなかった。

 世界に、胸を張って誇れるような〝痕跡〟が……自分には何もなかったのだ。



 そして今も尚、苦しんでいる人に手を差し伸べることさえ出来ずにいる。



『このままでは君は消えてしまう』



 何者でもないまま、己という存在は消え失せる。

 誰かに何もすることなく、何かを残すことなく消えてしまう。

 その事実が、たまらなく悔しく感じるのだ。苦しく感じるのだ。

 それは今目の前の地獄を生きる彼等を見てなおさらに感じてしまう。

 どれほど意味のない一生を過ごしても、彼等はそうじゃないだろう。

 彼等は自分などよりも、必死に生きているじゃないか。

 醜くとも、泥をかぶろうとも、獣になり果てようとも。

 どれほどそれが〝悪〟と定義されることであろうと、彼等は生きているじゃないか。

 それが、人の証なのだと、己は生きているのだと懸命に掲げ続けているじゃないか。



 ―――なのに………それが、其れすら出来ない自分が悲しくて仕方ない。



 ―――彼等のように、〝生きたい〟



 あぁ、何てことだろう。

 生命を手放してから、自分の意義を確立させるなんて、どこまで愚昧だったんだ、自分は。

 生きるという感動を、死んでから覚えるなんて、どこまで自分は莫迦なのだろう。



 ―――死ねない。



 死にたくない、まだ死ねない。

 虫のいい話だ。たった一つの生命を手放してようやく、自らの欲望を自覚するなんて。

 けれど、だからこそ胸に宿す〝願い〟は高らかに叫ぶ。

 そうだ。まだ、死ねない。

 死ねない、死にたくない。こんな形で死にたくない。

 この身は、何も成し遂げてはいない。

 この魂は、何も燃やせてはいない。

 この意志は、何も残せていない。

 燻っていた炉心に、火が灯る。

 そうだ、まだ死ねない。

 せめて――消え去る前に――せめて……

 何かを成し遂げなければ、生きていた甲斐がないじゃないか。


 だが、最早己は死に体だ。

 肉体はなく、魂は白紙となり、今こうして自我があるのは偏に切なる願いを抱えた意志が燃え続けているが故。

 だからこそ《《ワタシ》》は生きていると思えた。

 死んでいるのに、今ワタシは誰より生きていると断言出来た。

 薪のように炉心へ己の意志をくべ、その思いを燃え上がらせてワタシは前へ進む。

 一秒でも。一瞬でも。前へ、前へと進んで行く。

 進む先に地獄が見える。阿鼻叫喚・死屍累々の生きた地獄だ。

 蜘蛛の子を散らすように焔から逃げる人々がいる。

 汚濁のように流れて踏みつぶされている人々もいる。

 父恋し、母恋しと叫び散らすものの、その声に応えるものは現れず、肌を黒く焦がしてのたうち回りながら死んでいく幼子たちがいる。

 けれどどうしてだろう。

 先程まで退廃しきった景色にしか見えなかった。

 なのに、今では死に逝く彼らの顔がはっきりと見えた。



 ―――誰も、諦めた顔はしていなかった。



 絶望という具現の世においても、誰一人として諦めた顔をしていなかったのだ。

 訪れた冥府魔道に、絶やさず証を灯し続けていたのだ。



 ―――なんて凄いのだろう。



 地獄を進み続ける己が懐いたのは敬服であり、憧憬であり、そして感謝だった。



 ―――ありがとう。



 ありがとう。人々が生きるという証明をし続けてくれたことが、ワタシには嬉しかった。

 自分一人では折れてしまっていただろう。消えてしまっていただろう。

 けれどこうしてワタシは前へと歩めている。

 それはあなた達がそうあってくれたからだと、ワタシは感謝し続ける。



 ―――故にこそ、止まれない。



 そうだ。この景色に至る未来も、自分が生きるという未来も、ワタシは決して諦めない。

 だってそうだろう。ワタシがワタシとなる前の原型だって嘗ては人だったのだ。

 その人は、何時だって不可能と笑われた運命に、『いいや、まだだ』と己が意志で踏破してきたのだから。今だってそうだろう。

 地獄でしかない世界を懸命に生きようとしている人々がいる。訪れた終末に、否と突きつける人々がいる。



 ―――故にこそ、ワタシは生き抜いて見せる……!!



 その決意の咆哮に、眩き光が天来し、世界を白き極光が包み込んだ。




 『――運命は此処に定まった。気高く、そして無垢なる御霊よ。至誠を懐く我が現身よ。今こそ創世の火を掲げる時だ。その在り方を示すため、我は汝に名と器を施そう。器の名を■■■、救世へと導く者。そして汝の名を〝satya(サティヤ)〟―――我等が(ダルマ)の体現者よ。その名と器を以て、どうか極晃(ひかり)を示してくれ――』 




 此処に、新たなる化身が降誕した。

 示すは極晃。

 懐くは至誠。

 退廃の魔王すら退ける法の体現者。

 その旅路の果てに―――〝命の答え〟を掲げんがため、逆天の地に舞い降りた。





ご視聴ありがとうございます。

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