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おやつの魔女の日記

おやつの魔女の日記

作者: 桐葉

楽しかった、わくわくした記憶をもう一度。

 ここは暗い暗い森の奥。陽の光も入らないような鬱蒼とした木々の合間に、ぽつんと開けた土地があるそうで。そこには、煙突のついた小さなおうちが甘い香りを纏って建っていました。

 これは、その小さな小さな家に暮らす、おっちょこちょいで見栄っ張りな、1人の魔女の物語。なんでもない日々を綴った、なんともない日記。魔法のおやつを作ることと、おやつに魔法をかけることしかできない、のんびりした女の子の日記。


---


 「ふぁ〜あっ。よく寝た〜っ!」

 家から出てきた彼女は、深呼吸をしてから、ぐーんとのびをした。彼女の名前はコムギ。おやつの魔女として知られている。ただし、この暗い森の中でに限る。

 「ん……? あれ……カカオ? えっ、どこにいるの。」

 コムギが周りをきょろきょろすると、低い女性の声が返る。庭に置いたテーブルに乗ってきたのは、一匹の猫だった。

 「あら、おはよう。もうお昼になるけれど、お日様に挨拶はいいかしら。」

 「あっ、えへへ、いたカカオ〜。もう、探したんだよ。」

 「人の皮肉くらい拾っていただけないこと?」

 猫の名前はカカオ。カカオのような深い茶の毛色から、コムギが名付けた。

 カカオは首に巻いたリボンを揺らしながら、コムギの側へ近寄った。

 「私の食事も忘れるだなんて、よく私を使い魔にできてるわね。いい度胸してるわ。」

 ぐうぅ、とカカオの(お腹の)鳴き声がすると同時に、きゅるる、とコムギの(鳴き声)が響く。

 「あぁ、そっか。ごめんね、お腹すいてたんだ。私もなんだよね。すぐ何か作るねー!」

 「はぁ、どうにも話が通じてるんだか通じてないんだかわかんない子ね。」

 カカオのため息をよそに、たったか家へ戻るコムギ。そして、小さなキッチンへ向かい、エプロンを身につけた。

 「うわぁ、もうこんな時間だ。お昼も兼ねて食べられるものにしたいなぁ。ボリュームたっぷりで、お腹が膨らむけど、さっぱりしたいよね……。」

 コムギはぶつぶつ呟きながら、棚と睨めっこをした。しばらくすると、なにかをひらめいたように手を叩き、棚を漁り始めた。

 「えっと…この辺に……うわっ!」

 ガランガラン、グシャッ。盛大な音をたてて、コムギは床に寝転んだ。

 「ちょっと、今すごい音がしたけど大丈夫?」

 音を聞きつけたカカオがコムギのそばでおろおろしはじめる。コムギは、えへへと苦笑いをしながら、ごめんねとカカオを撫でた。

 「うん、大丈夫。ありがと。」

 「まったく、心配したわよ。」

 そう言いながらも嬉しそうにゴロゴロと鳴いた。

 ぱんぱん、とコムギは膝を叩いて立ち、よしっと小さく呟いた。

 「待っててね、カカオ。今、とびきり美味しいパンケーキを作るからねっ。」

 にかっと笑うコムギを見て、カカオは尻尾をふりふりと左右に振って、楽しみにしてるわと答えた。

 気を取り直して、コムギは料理を再開した。キッチンには、お化け小麦粉、いがぐりの卵、蜜蜂蜜と、さっき届いていたシードミルクが置いてある。それらを手際よく混ぜ合わせると、おたまで掬って焼き始める。すると、おもむろに銀のスプーンを取り出して焼き途中のパンケーキに記号を書き始める。

 「ふふっ、美味しくできますように……。」

 しばらくしたら、ひっくり返して、さらに待つ。この間にコムギはクリームを作る。と言っても、元から泡立っている「ふわふわみるく」を使うので、数回かき混ぜるだけで美味しいクリームが出来上がる。

 そうこうしてるうちに、パンケーキが焼けた。お皿に何枚も重ねると、クリームをたっぷりと乗せる。そして、かごにこんもりとしている木の実をひとつかみ添えた。

 「かんせーい! コムギ特製もりもりもりパンケーキだよー!」

 コムギはお皿を2つ持って、外へ出た。そしてコムギに続くように、ティーポットとティーカップがついてくる。庭に置いた、控えめなテーブルにお皿を置くと、ティーカップもお皿のそばにカチャリと着く。

 コムギら、浮いたままのティーポットを持つと、銀のスプーンでポットの中をかき混ぜるような動作をする。しばらくすると、まるまるうちにミルクティーが湧き上がり、ポットをなみなみ満たす。

 「カカオ。ご飯だよ。」

 そう言いながら、カップにミルクティーを注ぎ、カップの上で銀のスプーンを振る。どこからか角砂糖が現れて、ひとつ、ふたつとミルクティーに着水した。

 「あら、なかなか美味しそうじゃない。」

 「ふっふっふっ。今回はかなり自身作なの。たくさん召上がれっ。」

 いただくわ、と言うと、カカオはフォークを器用に持ち、一口食べた。ふわふわの軽いクリームが口に広がり、後から蜜蜂蜜の濃厚な甘さが広がる。いがぐりの卵を使ったので、ほんのり栗のような芋のような優しい香りが鼻腔をくすぐる。

 「うーん、美味しい。さすが、おやつを作ったら右に出るものはいないわね。」

 「私もそう思うー。ふわふわクリームにして正解だ。めっちゃ美味しい。」

 2人でふわんととろけていると、突然、カカオが目を見開いた。

 「……これ、お化け小麦粉を使ったわね。」

 「うん。お昼だからって、ぜーんぶお化け小麦粉で作ったよ。」

 「お化け小麦粉って、お腹の中で10倍に膨れ上がるからお化け小麦粉っていうのよ。まさか、知らないなんて言わせないわよ。」

 「あ、えへへ、ダメ、だった?」

 わなわなと震えるカカオに、怒りマックスの雰囲気を察したコムギは恐る恐る身を引いた。が、時すでに遅く、カカオは顔をあげ、キッと睨んだ。

 「こんなに食べられるわけないでしょうっ。一口でお腹いっぱいになるわっ。」

 「ひぇぇ、ごめんなさい。」

 久々に聞いたカカオの大声に驚いたコムギ。だが、カカオはそれほど怒ってないらしく、ふぅ、と息をついた。コムギは意味も無く頭を守って小さくなっていた。ぽんぽんと、あたまを撫でる。

 「まぁ、これも今日が初めてじゃないからいいわよ。美味しいし。ただ、次のバザールの日まで毎日このパンケーキだから覚悟してちょうだい。」

 「ま、魔法で……お腹膨れないようにとか……。」

 「魔法で膨れ方を制御できないからお化けなのよ。今は、お腹が空く魔法を考えなさい。」

 カカオの目は、心の底からコムギを哀れんでいた。

 「うぅ。カカオのために蜜蜂蜜の毒を消す魔法はできてるのに。」

 「たくさん練習がいるわね。」


---



 これは、おやつの魔女と一匹の、なんでもない日常の物語。魔法のおやつを作れることと、おやつに魔法をかけることしかできない魔女の日記。

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― 新着の感想 ―
[一言] お菓子の甘さが伝わってきてよかったです。 最高でした。
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