1:追放と覚醒
「気持ち悪いんだよ黒髪野郎、なにが『魔物を大切にしろ』だ!」
そう言ってギルドマスターは、俺のことを殴り倒した。
さらに倒れ込んだところで、容赦なく腹を踏み付けてくる。
「ぐぅ……!?」
これが俺、エレン・ペルセフォネにとっての日常だった。
この世界では黒髪の人間は嫌われている。
数百年前、世界を支配しようとしていた『魔王』と呼ばれる人物が黒髪だったからだ。
しかし魔王は人類の前に敗れ去った。
そして彼が生み出した『魔物』という生物たちは人類の奴隷となり、ろくに休むことすら許さず働かされ続けていた。
俺が所属しているのも『テイマーギルド』と呼ばれる団体の一つだ。
魔物たちに鞭を打ちながら、運搬や護衛など様々な仕事を請け負っているのだ。
「うぅ……お願いですから、魔物たちにもう少しだけ優しくしてあげてください……!」
ギルドマスターに踏まれながらも、必死で彼らの待遇改善を願う。
――俺は、この世界では変わり者だ。
他の者たちのように魔物を道具扱いすることなんて出来なかった。
「スライムのラミィは新鮮な水を欲しがっています。トロールのトロロは先日の運搬作業で足を痛めたと泣いていましたし、サラマンダーのサラはもっと小屋を温かくしてほしいと言っていて……」
「なにが『言っていて』だ! 魔物が喋るかゴミがッ!」
ギルドマスターは思い切り俺を蹴り飛ばした!
部屋の壁に勢いよくぶつかり、意識が一瞬飛びかける……!
「ッ、本当に……魔物たちはそう言ってるんです……!」
「チッ、まだ言うか。気持ちの悪い黒髪をしている上、幻聴まで聞こえるなど救えんな。もういい、出ていけ。二度とギルドに顔を見せるな!」
そう言って彼が手を叩くと、ギルドの構成員たちがやってきて俺の身体を掴み上げた。
そして建物の外に放り捨てると、「そこらへんで野垂れ死ね、ゴミ」と吐き捨て、振り返りもせずドアを閉めてしまうのだった。
――こうして俺は無職となった。
ギルドの寮に住ませてもらっていたから、同時に家も失うことになった。
頼れる相手なんていない。
俺は街中の人間からゴミのように扱われている上、五歳の時に家が燃えて、両親も失くなってしまったからだ。
俺の両親も黒髪だったからな、きっと街の誰かが火をつけたんだろう。
あぁまったく……本当にふざけてやがる。
「髪の色だけで、なんでこんなに差別されないといけないんだ……。魔物たちだって、数百年前の祖先が悪いことをしていたからって、なんでずっと道具扱いされないといけないんだよ……!」
胸に沸き上がる悲しみと怒り。
――ちらりと街の様子を見れば、魔物に鞭を打ちながら重労働をさせている人々の姿が見えた。
悔しそうに呻く魔物たちだが、反抗なんて出来ない。
数百年前に魔王を倒した『勇者』と呼ばれる男が、特殊な魔法紋を開発したからだ。
その紋様を刻まれた魔物は人間を傷付けることが不可能になってしまうのだ。
「ははっ……歯向かうことが出来ないなら、何をしてもいいって? なんだそりゃ、ふざけるな……!」
気付けば俺は駆け出していた。
もう、人間との生活なんてこりごりだ。
こんな残酷な連中が他にいるか。視界にだって入れたくない。
家を焼かれた。親を殺された。コキ使われて殴られて、仲良くなった魔物たちも病気や過労で殺された。
俺が人々から与えられたものは、絶望と悲しみだけだった。
「もういい。もう、他人となんて生きられない。一人でひっそり、どこかで死のう……!」
俺は涙を流しながら、街の外へと出ていった。
◆ ◇ ◆
――なんだ、この子供は……。
それが、エレン・ペルセフォネに対する魔物たちの最初の印象だった。
彼はいつもボロボロだった。同じニンゲンであるはずのギルドの者らに殴られ、蹴られ、ゴミのように扱われていた。
しかしエレンは穏やかだった。
不当に虐げられた者は、その不満をさらに下の者へとぶつけるのが道理だ。
なのに彼は魔物である自分たちに対して決して手を上げず、それどころかこっそりと食事を分け与えてくれたり、暴力を受けていたら身を挺して庇ってくれた。
そんな日々が何年も続き、気付けば彼と魔物たちは会話ができるほど仲睦まじくなっていた。
過酷な毎日を送る中、エレンとの何気ない世間話だけが心の癒しだ。全員で小さなビスケットを分け合って食べた日の思い出は、魔物たちにとって胸の宝だった。
――しかしある時、魔物をコキ使って金を稼ぐテイマーギルドのマスターは、下卑た笑みで言い放った。
「よぉ魔物ども、エレンのゴミなら追い出したぞ! 聞けば街からも飛び出していったとか。今ごろ野良モンスターにでも食われてるんじゃねえかぁ!? ガハハハッ!」
……その言葉を、その嘲笑を聞いた瞬間、魔物たちの中でナニカがブチリと切れる音がした。
“今この男はなんと言った。我らが愛する『同胞』を、ゴミだと嘲り追い出しただと?”
スライムが、トロールが、サラマンダーが、その他多くの小屋に詰め込まれている魔物たちが、怒りに身体を震わせた。
殺意の視線で男を射抜く。
「なっ、なんだぁオメェら!? 人間様に逆らおうってのか!」
尋常ならざる雰囲気を察してか、冷や汗をかくギルドマスター。
彼はバッと腕を伸ばし、「魔法紋よ、こいつらを大人しくさせろッ!」と吼え叫んだ。
その瞬間に見えざる鎖が魔物たちを縛り上げるが――、
『ガァァアアァァアァアアアーーーーーーーッ!』
「なっ、なに!?」
天に轟く怒りの咆哮。
それと同時に、彼らの身体に刻まれた魔法紋が蒸発するように消え失せるのだった……!
「ななっ、なにが起きてるんだぁ……!?」
ギルドマスターは舐めていたのだ。
魔物たちがエレンに対して感じてきた、感謝と『友情』というものを……!
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