深夜ラジオ
真夜中の東京の赤坂。人気の深夜ラジオパーソナリティーの福岡礼は、いつものように、深夜にしかできないような、下品なトークや笑い話を繰り返していた。
「でさー、そのiPhoneどこにあったと思う?胸ポケットの中!!ワァーハハハ!!」
スタジオ局はいつものように大爆笑の渦。
すると、するっとラジオブースの中に見慣れない男が入ってきた。
「あれ?今日ゲスト会だっけ?」
スタッフは茫然。
「いいえ、呼んでないですよ?」
見慣れない男は言った。
「今から、この人気パーソナリティー福岡は、俺の人質だ!!」
「??」
最初は何がどうなっているのか、現実を受け止められなかった福岡だったが、徐々に事の深刻さに気付き始める。それは、その男が切れ味鋭そうなナイフをちらつかせているからだった。
スタジオ、スタッフ、リスナーはパニックに陥った。
「わぁぁーーー」
福岡は叫んだ。
「な、なにが目的だ。金なら無いぞ!おれはこのラジオ一本で、妻、子供を食わしてんだ!」
男は言った。「金じゃねェ」
「じゃあ、何が目的だ!?」
男は少し呼吸を整えてから言った。
「コロナに対する偏見を無くしたいんだよ!!」
「??」
「どいつもこいつも、コロナってだけで、人を必要以上に煙たがったり、時には人間扱いされなかったりするんだよ」
「具体的には?」
福岡は言った。
「俺は三か月前コロナに感染した。そして病院に入院した。そこまではよかったんだが、コロナが陰性になって、退院してからも、俺の住んでるアパートの大家がコロナ扱いして、アパートから出て行ってくれって言うんだよ!ふざけんなだろう?」
福岡はナイフを持った男と正対して、なんとか自分を落ち着かせようとして、一言言った。
「確かに君は気の毒だ。しかし、世間に訴えるというのにも、こんな方法しかなかったのか?今はYouTubeの時代だ。Twitterもある。SNSで訴えるというのもあったんじゃないか?」
すると男は、一呼吸おいて、言った。
「ラジオは俺の中で最高のメディアだからさ」
「んん?」
「俺はラジオ、それも深夜ラジオが大好きで、毎日聴いてる。深夜ラジオは、パーソナリティーとリスナーがまるで、互いに会話しているような、リスナーに直接話しかけてくれているような請求力があるんだよ。それに、一番好きなパーソナリティーは福岡礼!あんたなんだよ。だから俺の現状を世間に轟かせるためには、このやり方が一番だと思ったんだよ」
「うむ」
「しかも最近の深夜ラジオは、すぐにネットニュースになるからな。SNSなんかより、はるかに素晴らしい。」
福岡はうなづき、かみしめるように言った。
「コロナに対する偏見、俺がリスナーに正しい知識を君から聞いて、拡散してやるから、そのナイフをしまいたまえ」
男は少し黙った。そして、
「もう俺は役目を終えた。いつ捕まってもいい。本望だ。」
「いや、君はまだなんの罪も犯していない。誰も傷つけていない!俺に任せろ」
すると、
「お!やっと来たぞ!」
スタッフが言った。
そこに複数人の警官が現れて、その男を拘束した。
「おい、その男を放せ!彼はまだ何の罪も犯していない!!」
警察官の一人が言った。
「いえ、彼は放送妨害をしました。これは大きな犯罪です」
福岡は、
「でも…」
「いいんだ」
男が言った。
「俺は全国のコロナの偏見にさらされているみんなに何か伝えることができたと思っている。ラジオへの乱入は少々乱暴だったが、正解だったよ」
連行されていく、男を見て、福岡はリスナーに訴えた。
「リスナーのみんな!コロナは陰性になったら、そうそう誰かに害になるものじゃない。コロナ差別をな無くそう!できるね?」
その日の赤坂の夜は何とも言えない風の静けさに満ちていたーー。
完