仲良し親子
「やっべぇ…まだ終電残ってるかなぁ…」
久しぶりに実家へ帰った俺は、商店街にある居酒屋で、地元の友人たちと一緒に酒を飲んでいた。夜の8時まで飲み続ける予定だったが、気がついた時にはもう11時を過ぎてしまっていた。酒の酔いが覚めてしまった俺は、終電の時間を確認しながら、急いで近くの「無人駅」へ走った。
俺の実家は、山間の小さな町の中にある。車を持っていない人間は、このローカル線を使わないと町に戻ることができない。一応バスで帰ることもできるのだが、本数がとても少ない。逃してしまったら、電車より絶望的だ。
「終電…終電は…まだ残ってる!」
まだ終電が残っていた。20分近く待たなければならないが、今の時間から考えると、電車を使った方が1番早く帰れる。俺は券売機で切符を買うと、そのまま駅のホームへ向かった。
「部活で遅くなった日は、これで帰ってたんだよなぁ」
都会では滅多に見ないが、田舎では無人駅がよくある。夏になると羽虫が大量発生したり、野生動物が乱入したりするので、色々と注意が必要だ。
「暑い…」
8月の蒸し暑い夜。俺は生暖かい風を身体に受けながら、静まり返った駅のホームへたどり着いた。
「ふぅ、疲れた。帰ってから明日の予定を考えないと…んんっ?」
夜の小さな無人駅。利用客は俺1人しかいないと思っていた。ところが、ホームの所々に設置されているボロボロになったベンチの1つに、人の姿を見つけた。幼稚園くらいの男の子と夫婦らしき2人が、楽しそうに会話をしながら電車を待っていた。
「こんな時間に家族…珍しいなぁ…」
俺は近くにあったベンチに座ると、スマートフォンを見ながら時間を潰すことにした。俺がホームに入ってきても、家族の楽しそうな会話は止まらない。
「今日はユウ君と一緒に、かくれんぼで遊んだの」
「あら、すごいわねぇ。お母さんも一緒に遊びたかったわ」
「今度はみんなでキャンプへ行こう。外で作るカレーは美味しいぞぉ」
何の変哲もない普通の会話であり、よくある家族の日常。俺は3人の様子を気にすることなく、黙々とスマートフォンを見続けていた。
『間もなく…1番線に…電車が参ります…ご乗車の方は…』
終電の電車が駅のホームに入ってきた。二両編成の小さな電車だった。電車のドアが開くと、中から年配の車掌が現れて、俺に向かって声をかけた。
「お客さん、今日はこれが最後の電車です。乗りますか?」
「あぁ…はい…」
俺はポケットの中に入っている切符を確認すると、車両の中へ乗り込んだ。不思議なことに、あの家族は電車に乗り込んでこなかった。これを逃してしまえばもう乗れる電車はないはずだが…
「車掌さん、あそこの人たち…」
ベンチに座っている家族を見ながら、車掌に声をかける。
「あぁ、あれですか…気にしなくていいですよ…」
車掌は俺に向かって苦笑いすると、車両のドアを閉めてしまった。
「あれねぇ…何度撤去してもまた置いてあるみたいで…困ってるんですよねぇ…」
「えっ?」
出発のブザーと共に電車がゆっくりと動き出した。俺は電車の窓から、ベンチに座る家族をもう1度確認してみた。
「車掌さん、あれって…!」
「誰が置いたんですかねぇ…あのマネキン人形…」
服を着たマネキン人形が、電車に乗った俺を静かに見つめていた。