思い出話はパンドラのように
廃墟に消えた人々はどうなったのだろうか。
行方不明とされた彼らは、どこに行ったのだろうか。
全ては無理でも、少しでも謎の答えを知りたがることはおかしいことではないだろう。
だが、一部分だけを知ることはどうだろうか。
真相、答えはわからないが、その一部だけを知ること。
謎が深まるだけかもしれない、その一部の回答。
余計に謎は深まり、余計に恐怖は増すかもしれない。
それでも、真実を知りたいと思う心の在り様を描いてみたつもりである。
その真実の中で希望を見出せるのか。
まとまりがない拙作ではあるが、まずは手に取り、読んでいただければ幸いである。
序章【喫茶店にて】
駅前のさびれた商店街の中でも、特にさびれたエリアにある喫茶店。
そこが彼女との待ち合わせ場所だった。
店に入る。
さびれた場所の店にもかかわらず。店には、それなりの客がいた。
店の中ほどの席に雑誌を読んでいる彼女が見えた。
彼女のほうに向かう、彼女がこちらに気づく。
目礼して、テーブルをはさんで反対側に座る。
注文を取りにきた店員にコーヒーを頼み、彼女を改めてみた。
「ごめん。待たせた」
そう聞く自分に彼女は、こと投げに答える。
「今来たところ」
彼女の前には特に飲み物はおいてない。ということは、本当に少し前に来たのだろうか。
そんなことを思ってると、紅茶とケーキが彼女の前に運ばれてくる。
こちらを一瞥すると、彼女はそれを口に運び始めた。
何を話すかと考えていると、自分の前にもコーヒーが運ばれてきた。
それを一口口に含みながら、改めて何から話すか考える。
見ると向こうは、早くもケーキを食べ終え、紅茶も残り少ないようだった。
あまり、先延ばしするような時間もないんだろう。
だから口を開いた。
「結局、何から話せばいいんだ。」
挨拶も、簡単な世間話もなし。正面から話すことにした。
彼女は、紅茶から口を話すとこちらを正面から見ながら答えた。
「あそこで何があったの?」
彼女の言葉を聞いて答える。
「あそこって?」
もちろん、彼女が言う「あそこ」の意味は、よく分かってる。それでも答えたくないことは後回しにしたかった。
「5丁目の中森病院。あなた達がふざけていった場所」
彼女がそこの名を話す。周りの空気が寒くなった気がする。気のせいか、周りの視線が一斉にこっちに向いた気がする。
彼女から目をそらし、周りを見てみる。他の客は、自分たちの会話を楽しんでいるようだ。
「何があったの?」
もう一度、彼女が聞いてくる。
気怠そうに、改めて聞いてくる。
「わかった話すよ」
観念して話すことにした。
改めて、彼女を正面から見る。彼女も正面からこちらを見返す。
コーヒーを一口、口に含んで自分は話し始めた。
2.【箱を開ける】
「今日の夜、中森病院行ってみようぜ」
誰かがそういった。
「えーこわーい」
メンバー一人がワザとらしく怖がる。
「おっ肝試し?おもしろそーじゃん」
誰かがノリノリで返す。
中森病院は、世でいう廃病院だった。
5年ほど前に閉鎖してから、荒れるに任せて荒れた廃病院。
大きな国道沿いにある建物ということもあり、よく目立った廃墟。
どうして荒れたままにしているのか、そもそも今どういう状況なのかよくわからない場所だった。
ただ、そういう場所だからちょっとした肝試しのスポットとして地元の若者には人気があった。
あとは、バイクに乗っている馬鹿な奴らとかの集まり場所だとか。
噂では、ヤクザが薬物の取引に使ったり、人を始末するのに使っている。というのもあったが、さすがにこんな目につきやすいところでそんな事件は起きてはいなかったが。
「あそこさー、マジで出るらしいじゃん」
メンバーの一人が言う。
「はぁ?そんなの噂だろ」
一人が反論する。
盛り上がってる中、最初に口を開いた奴が口を開く。
「いや、出せるらしい」
一瞬みんなが黙る。そのあとみんなが笑い出した。
「出るじゃなくて出せるかよ!何を出すんだよ」
「何か儀式でもやって生贄でも差し出すのか?それともPC持ってプログラムでも起動すればいいのか?」
「どうせなら動画取ろうぜ!悪魔降臨の瞬間とかよ」
みんなひとしきり軽口をたたいて笑う。
それを見届けて、そいつは改めて口を開く。
「うん、だから出せるんだ。」
薄い笑みを浮かべてそいつはいう。
「出してどうするんだよ」
一人反論する。
「さあ?でも試してみたくない?」
そいつは、何気なくそういう。
「何が出るんだよ。」
一人が若干ふざけた口調で、でも少し真剣に聞いてみる。
「わからない。でも出せるらしいんだ。試してみたくないか」
そいつは、相変わらず淡々とした感じで、でもどこか楽しそうに言う。
ほかのメンバーは、どこか気味悪そうにそいつを見る。
冗談かもしれない。でもそいつの話し方、表情は、冗談のそれを超えていた。
「ともかくさ。」
そいつが口を開く、何人かは一瞬びくっとする。まるで言葉そのものが呪詛か何かであるように。
「今日の夜12時ぐらいに中森病院に集まろうよ。来たい人だけでいいしさ。」
それだけいうと、そいつは立ち去ろうとする。
「具体的に何をするんだよ」
一人が少し怒り気味に、でも少し引き気味に質問する。
「だから、何か出すんだよ」
それだけいうと、そいつは立ち去った。
あとには、残されたメンバーが顔を見合わせて待っているだけだった。
その日の夜12時、中森病院には、5人の若者が集まった。
あの時あそこにいたのは10人ぐらいだったので、半分ぐらいが集まったのか。
発案者は残りの4人を見渡しながら口を開く。
「じゃあ行こうか」
そしてみんな病院の入り口に向かった。
「それで、みんなどうなったの?」
彼女は改めて口を開く。
自分は、コーヒーを改めて口に含む。
喫茶店の客はまばらになってきた。
「知らない」
自分はそう答える。
「知らないわけないじゃない」
彼女は怒り気味に答える。
「あの日病院に行ったのは5人、みんなに聞いて調べたわ!病院に行った5人が誰かはわかっているのよ」
あぁそうか。彼女は一つ勘違いをしている。
「そうそうあの日、あそこには先客がいたんだよ」
ネタ晴らしをするマジシャンのように、自分は答える。
「先客?誰?どういうこと」
彼女はよくわかってないんだろう。まあ説明もしてないからわかるわけはない。
「そいつはね、みんなを脅かそうと考えたんだ。そして一人で先に病院に入り込んだ。そしてみんなが来るまで病院を探索していた」
彼女は黙って話を聞いている。
「だから何も知らないんだよ」
「その先客のことを聞かせて」
しばらくして彼女はそう言った。
周りを見渡す。客は、残り二組だった。
コーヒーを口に含み、自分は話を続けた。
3.【箱を覘く】
病院の前にたどりく。ほかのメンバーは誰もまだ来ていないようだった。
病院の前の道路は、長距離トラックとか乗用車とか、いろいろな車がそれなりの頻度で走っている。
近くのコンビニや事務所の窓から明かりが漏れている。
道行く人もちらほらといる。アベック、酔っ払い、サラリーマン、夜勤に向かう工場員。
ホラースポットの病院の周りとしては、ここは非常に明るく、人が多く居た。
正門に設置してある鎖を越えて病院の敷地内に入る。
病院の正面口に向かうにつれ、街の雑踏が聞こえなくなり徐々に暗くなってきた。
ガラス張りの正面玄関の立ち入り禁止の札が貼ってある横に、ガラスを割った大穴が開いていた。
昔から、馬鹿な若者やホームレス達が集まっていた場所らしく、侵入は容易だった。
ほかのメンバーが集まるまで、まだ時間がある。その間、病院をいろいろと調べてみることにした。
一階のロビー、二階の診察室、三階の入院患者の大部屋、小部屋、ナースステーション…。
色々と見て回るが、どこも荒らされ、埃が積もり、そしてどこかの若者か浮浪者の仕業かわからないが、酒の空き瓶やスナック菓子のごみ、ゴム、雑誌、タバコといったものが大量に落ちていた。
ところどころ非常灯がついていたり、外の明かりを取り込んでいるため明るかったが、基本的に建物は暗く、そして何よりひっそりとしていた。
時々ネズミや虫のせいだろうか。ちょっとした音が聞こえたりもしたが、これといった怪奇現象に合わず建物を歩き回った。
ばりん。
一回だけ、何かを踏むような音が聞こえた気がした。
それは四階の入院患者用の部屋の一つから聞こえてきた。
一瞬考えたのち、自分は音が聞こえたと思われる部屋のドアを開けてみた。
そこには何もいなかった。
個室の入院部屋なのだろう。ベッドが一つ、トイレと思わしきドアが一つ、そして大量の酒ビンらしいごみ。
窓からは国道が見える。その明かりが部屋の中に入ってくる。
暗いが部屋の全貌は見渡せた。
特に誰もいない。足音もおそらく気のせいだろう。
そう思い、部屋に背を向けた瞬間、またそのばりんという音が聞こえた気がした。
後ろに何かの気配を感じた気がした。
そこから逃げるように、走って部屋から離れた。
4.【】
「ちょっと待って」
彼女が口を挟む。
「結局、そこに何が居たの」
彼女の疑問に答える。
「知らないよ」
彼女は、納得がいってないような感じだったが、しばらくして話を続けるように促した。
どのように移動したかわからないが、病院のロビーの近くまでに戻ってきた。
外に近いこともあり明るさがあるこの空間。
ふと外のほうを見ると、5人、こちらに向かって歩いてきているのが見えた。
先頭を歩いているのは、あの言い出しっぺのやつ。
彼らに急いで合流したいという気持ちがあった。
でも、怖い思いをしたちょっとした代価に、彼らの驚きもみたい気がした。
だから物陰に隠れて彼らの後をつけることにした。
「さて、あとは何が聞きたいんだ」
自分は、話を切り上げた。
「その後、どうしたの?」
彼女は相変わらず苛立った感じで聞いてくる。
「知らないよ。」
めんどくさそうに答える。
「ふざけないで!」
彼女は、ほぼ怒鳴り声でそういった。
周りを見る。
ほかの客は全員帰ったみたいだ。
厨房の奥にいたらしい店員がこちらに少し顔を出したが、こちらの様子を見ると、特に何も言わず厨房に戻っていった。
同じ席の客同士のトラブルは、よっぽどひどくならない限り干渉しないつもりなんだろうか。
「じゃあちょっと面白い話をしようか」
少しおどけて自分はいう。
「何を聞かせてくれるの?」
彼女は、まだ怒りがあるようだが、とりあえず耳は貸してくれそうだった。
「これはちょっとしたオフレコだけどね、あの病院、ああ見えてもまだ電気も来ているんだよ」
彼女は、何が言いたいのかよくわからない顔をしている。
「まっここから先の話は、あくまでちょっとした噂話なんだが聞いてみるかい?」
おどけた感じを崩さない。彼女は、こちらの顔を穴が開くほど見つめてから口を開く。
「今回のことに関係あるの?」
「少しはね」
「じゃあ話して」
それはなんのことはない。
病院の監視カメラの話だ。
ほとんどはダミーだが、一部は、この病院が現役で稼働していたころと同じように機能している。
何故か。こんな廃墟は、ろくでもない奴らのたまり場になる。
そして、そいつらが何か禄でもないことをするかもしれない。
そんな状況で警察やら諸々の場所からの指導で、ここの病院にもまだ生きた監視カメラがついているらしい。
もちろん、あくまで何かあった時の最低限の備えはしていたという対外的なアピールの意味が強いため、その配置には穴が多いのも事実だが。
あくまで噂であり、これが本当に機能しているかはわからない。
ただ、何年か前にここの病院でどっかの不良グループだかがリンチ事件を起こしたとき、その犯人たちはすぐに捕まったらしい。
そのとき活躍したのが、この監視カメラのビデオとかいう噂があった。
「そのカメラがどうしたの?」
彼女は短気そうに聞いてくる。
「その手のくだらない噂がどう関係してくるか知りたいわ」
からかいすぎたのか、彼女は怒りっぽくなっている気がした。
カメラの配置は結構適当だが、ある程度主要な院内の道はカバーしていた。
ロビー、若者が5人入ってくる映像、少し離れたところにもう一人いる。
二階に上がる映像。5人が談笑しながら階段を上っている。全員が昇ってしばらくしてから、もう一人が階段を上った。
そのあと、何か影が通った。
三階、病室のドアを思いっきり開けたり、持ってきた酒を飲みながら空き瓶を病室の中に投げ込んだりする5人の若者たち。
ある病室の前の映像。そこの部屋に5人の若者たちが入ってく。
部屋のドアが閉じる。
廊下、カメラの視界外から病室の前に何かが落ちてくる。
それは、どことなくボロボロな人形。
「それで?」
彼女は聞いてくる。
「さあ?」
自分はおどけた口調で返す。
「これはあくまで噂話だからね。結局、どこまでが本当なのかどうかなんて分からないだろ」
自分の答えに彼女は納得していないようだった。
「なら人形って何?」
自分のふざけた態度と対照的に、真剣に彼女は聞いてくる、
「病室とか、手術台の上に、子供の気を紛らわすような人形があるだろ。どうもそれが映像に映ってたらしい」
あくまでこれは噂話。だからそれに合わせた態度で自分は答える。
「その人形を、誰かがカメラの外から病室の前に投げ飛ばしたのかもしれない。もしくは、どこからか落ちてきたのか。まあそんな人形が映像に映ったってことだよ」
彼女は納得はしていないようだった。
「病室に入っていったんなら、出てきた時の映像はないの?」
なおも自分から聞き出そうとしてくる。
「これはあくまで噂話。今話した以上のところは、噂話にはなってなかったよ」
適当にはぐらかす。
彼女は、なおも納得してなさそうにこっちを見ている。
しばらくして彼女は口を開く。
「あなたは何を知ってるの?」
何かを恐れているかのような、呟くような問いかけ。
「あたしね、少しだけ何があったのか知ってるの」
彼女は、何か大切なことを告白するかのように続ける。
「肝試しに参加していた友達の一人が、メールで写真を送ってくれてね。断片的だけど、状況を教えてくれたの」
若干おびえた目をしながら、彼女はつづけた。
「前の携帯にね、その時の写真が入ってたの。その写真の一部、今でも携帯に入ってるから見てくれない?」
そう言って彼女は携帯を差し出す。
自分は携帯電話を受け取り、その中身を見た。
5.【箱を閉じる】
その日、自分はなぜ病院にいたんだろうか?
離れたところにいる、顔と名前ぐらいしか知らないようなメンバーが話している内容が気になったから?
それとも、進路のことで親と喧嘩をして、家を飛び出したから?
もしくは、時間つぶしに入ったコンビニのちょうど正面がその病院だったから?
きっといろいろな偶然が重なって、自分は、その日病院に行ったんだろう。
病院の中に入る。大きな音が聞こえる。笑い声、車輪の音、きゃあきゃあっていうかわいらしい声。
きっと、昼に話していたメンバー達が車椅子か何かで遊んでいるんだろう。
それを無視してただ気ままに歩く。
誰かが暴れた跡、倉庫だったのかいろいろな備品が詰まってる場所、酒瓶や弁当の空き容器、汚物。
そこは、嘗て病院だったと思えないほど、様々なものが混ざり合った不思議な空間だった。
幼い頃を思い出す。
一度、体調を大きく崩してこの病院に入院した時。
その時は、この病院には大勢の人がいた。
入院患者の名物おじいちゃん、優しい看護婦さん、不機嫌そうなお医者さん、常に無駄話をしていた売店のおばちゃん。
今は誰もいない。
ふと、昔自分が入院していた病室を見かけた。
懐かしさを感じて中に入ってみる。
そこには、あの時と同じようにベッドが並んでいた。
荒れ果ててはいたが、ベッドやカーテンが同じように配置され、自分をあの頃に一瞬押し戻した。
そして、そこには、あの頃なかったあれがあった。
「この画像、最後のメールだったの」
彼女はおびえながら携帯を見せてくる。
そこには、あれが映ってる。
旅行用のキャリーバッグ。
夜の病院で見たあれが。
誰かが来る。自分は慌てて部屋の隅に隠れる。
子供のころ、よく使っていた隠れ場所、部屋の奥のくぼんだスペース。
外から見ると、ベッドの陰になってよく見えない場所。
「なんだよこれ?」
「お金とか薬とか入ってたりしてー」
「それはないだろ」
どうやらあのメンバー達のようだ。キャリーバッグに目をつけて騒ぎ出す声が聞こえる。
別に見つかってもいいかもしれない。むしろこっちから脅かしてもいいかもしれない。
だが、自分は見つからないように息をひそめた。
「おい、誰かナイフとか何か持ってねー?変な感じでロックが入ってうまくあかねぇよ」
「あー鞄になんか入ってたかも。ちょっと待てよ」
彼らは鞄を開けようしているらしい。
それはいけないことだと思いながらも、自分は止めようとしなかった。
ガチャ。
鞄が開いたらしい。
そしてそれは出た。
「えっ」って声が聞こえた気もしたし、何も聞こえなかったかもしれない。
ただ、誰の気配もなくなった。
隠れていた場所が出てみる。
鞄は開いていた。
さっきまでここにいた人たちは、あの時と同じように消えていた。
それぞれが立っている場所には、影だけが残っていた。
何年も前、ここに入院したとき、その鞄はここにはなかった。
自分が退院する日、最後の大冒険として病院中を歩き回っていたとき、倉庫の奥で見かけたのだった。
入院中、いろいろと病院の中を見てきたが、その鞄だけはみたことなかった。
何が入ってるか気になった自分は、それを開けてみた。
中には、何も入ってなかった。
ただ、何かが外に出たように感じた。
その後、母親に呼ばれ、先生方に挨拶をして、自分は退院した。
最後に見たカバンのことなんて忘れて。
それから、しばらくして中森病院は閉鎖となった。
「あなたは、あそこの何を知っているの?」
彼女は、こっちを見ながら聞いてくる。
「10年前、あそこで何があったの?」
一生懸命こっちを見ながら聞いてくる。
「何も知らない」
あれは何だっただろう。それを知らない自分はそう答えるしかなかった。
喫茶店を出る。
彼女と別れて、一人で街中を散策する。
そして気が付いたら、中森病院の目の前にいた。
さっきまで彼女と話していた10年前のあの日から、だいぶ時間がたった去年末、病院の解体工事が始まった。
彼と喫茶店で別れた後、私は足早にこの街を立ち去ろうとした。
病院の解体工事が始まったと聞いたとき、私は同窓会で連絡先を交換していた友人たちと連絡を取って、あの日のことを話した。
結局病院に行った5人は帰ってこなかった。
行方不明のまま時間がたち、それは、当時の仲間たちの間でもタブーとして、誰も触れなくなった。
そんな中、彼の噂を聞いた。
同級生で中森病院であの日あったことを調べている奴がいると。
なんで調べているか聞いた彼は、こう答えたらしい。
「ただ気になることがあるんだよ」
一つだけ気になることがあった私は、当時の友人たちに頼んで彼に連絡を取ってみた。
結局、当時のことは何もわからなかったと思う。
彼の話していたそれは、都市伝説やその手の類ばかりだったのだから。
そんな彼には、話さなかったが、私は、もう一つだけあの事件にかかわっていることがあった。
あの日、みんなが行方不明になった次の日、私の家のポストに封筒が入っていた。
その中には、私にメールを送り続けていたあの子のお気に入りのストラップが入っていた。
不気味さを感じた私は、それを見て見ぬふりをしていた。
ただ、ずっと疑問には残っていた。
結局、これの送り主は誰なんだろうと。
彼は、何かを知っているかと思って話してみたが、何も知らないようだった。
私は、収穫がないことに嫌気がさしながら、この街を立ち去った。
彼女は、すでにこの街を立ち去っただろうか、それともまだこの街残っているだろか。
おそらくすでに立ち去っただろう。
彼女は、決してこの街が好きじゃないはずだから。
解体途中の病院跡地に入りながら、そんなことを考える。
工事の車は止まっているが、今日は休みなのか、昼間にも関わらず、現場には誰もいなかった。
敷地の奥に一本の木があった。
自分が入院している頃からずっとあったその木。
そこの前で足を止める。
6.【箱の中身】
10年前、すべてが終わった後、この木の前に、一つだけ携帯電話が落ちていた。
それを広い中を見ると、この携帯の持ち主が今日あったことをずっとメールしている相手がいた。
ちょっとした好奇心で、私は、このメールの相手にこの携帯電話を届けることにした。
彼女は、どういう反応をするのだろうかと考えながら。
最後に一つ、彼は自分のミスに気付く。
携帯電話が見当たらない。
これじゃあいけない。急いで探さないと。
ふと敷地内を歩くと、学校で見たことがあるやつが携帯電話を拾っているのを見た。
そいつは、その電話を軽く確認すると、それを持って歩き出した。
取り返さないと。そう思った彼は、拾ったやつを追いかけた。
携帯電話は、別のクラスメイトの家のポストに投函された。
そいつが立ち去ったのを見て、彼は急いで携帯電話をポストから引っ張り出した。
慌ててストラップがポストの中に切れてしまった気がしたが、それは気にせず、彼は急いでその場を立ち去った。
携帯電話に何枚か写真があった。
あれの写真。
あの日、病室にみんなが入っていったのが見えた。
追いかけて脅かそうとした。
ふとあの視線を感じた。
急いで周りを見る。何もいない。
改めて病室に入ろうとする。
すると目の前で何かが動いているのが見えた。
暗い中で、よく目を凝らしてみる。
それは、人形だった。
そいつは、はいずるように病室に向かっている。
自分は、何もできず動けない。
病室の中からは、みんなの笑い声。
ふと、病室が開く。
慌てて逃げ出そうとする女の子が一人。
後ろには、何かよくわからない存在。
そして、ドアを開けた彼女は、人形に足をつかまれた。
倒れた彼女は、こっちを見る、助けを求める。
手にもった携帯電話を武器のつもりだろうか?一生懸命振り回している。
ぼろぼろの人形は、無表情のまま彼女の足をつかんでいる。小さくても、足を異物につかまれていると人は、うまく動けないのだろう。
自分は逃げた。彼女の自分を罵る声が聞こえる。
無視して逃げた。
外に出た。目の前には明るく、車が走り続ける道路。一息をつく。
目の前に何かが落ちてきた。
それは、彼女。
体が変な風に曲がった彼女だった。
何があったのだろうか。逃げてきたのだろうか。
一瞬考えたすきに、彼女が足をつかんできた。
彼は、それを振り払い逃げようとする。
彼女は手を離さない。
ふと上を見る。彼女が飛び降りたであろう割れた窓から人形がこっちを見ている気がした。
何か恐怖を感じた自分は、逃げるため、足を離さない彼女の頭を思いっきり殴った。
気が付いたら彼女は動かなくなった。
人を殺した。それに気づいた彼は、恐怖した。
そして彼女の遺体を隠そうとした。
それから十年、誰にも気づかれず、遺体は残り続けた。
だが、今回病院の解体が決まった。
おそらく、彼女は見つかるだろう。
彼は、それが耐えられなかった。
最後に一瞬考えた。
あの携帯電話には、逃げようとする彼と、そしてあの日、彼女を襲っていたよくわからないあの存在が映っていた。
ほかの4人は決して見つからなかった。
この病院が解体されたら、あの日の彼の罪と、そしてあの存在が世に解き放たられるかもしれない。
彼は、それが怖かった。罪を償うことも怖かったが、あの存在と、また出会う可能性があることが怖かった。
だから、彼はいま飛び降りることにした。
最後に一瞬考える。みんなを脅かそうとして、先に病院に行かなければ、また何か変わったのだろうか。
そうして彼は落ちた。
終章【混ざり合う】
どさ。
すぐ近くで変な音がした。
そこに男が一人倒れていた。
どこかで見たことある男だった。
自分の昔の友人だろうか?
ふと彼の手元に、型遅れの携帯電話が見えた。
それは、あの日、彼女の家に届けたものと同型だった気がした。
どっちにしろ救急車なり警察を呼ばなければならない。
気まぐれで、自分は、彼のもっている携帯電話を手に取ってみる。電源は生きている。
彼は、もう死んでいるのだろうか。ピクリとも動かなかった。
警察に電話をかけてみる。通じる。
何かよくわからない音が聞こえる。
とさり。
今度は小さな音で、自分の後ろに何か落ちてきた気がした。
目の前の飛び降りた男が何か言った気がした。
【そして箱はなくなった】
私は、家に帰って夜ニュースでそれを知る。
解体中の中森病院が大火事で全焼したと。
理由は不明。死者はいない。
結局あの病院は何だったんだろうか。
何もわからないまま、ベッドに倒れこみ深い眠りに落ちた。
三年ほど前に、何かのきっかけで書いたこの話。
病院という閉鎖された空間と、廃墟という組み合わせ。
そこに私の中に残る、一つの恐怖の象徴たる、古びた人形を組み合わせた結果生まれたのがこの本作である。
病院やキッズコーナー等にある、小さな女の子が全身を使って抱っこをするような人形。
大の大人から見れば小さく、されど小型犬ぐらいの大きさがあるそれは、十分な存在感を持つ。
どこか可愛らしく、されど汚れと経年劣化により、その魅力の大半を失った人形。
それでもその顔は、嘗ての可愛らしい時と同じく、どこか笑顔を浮かべたような表情を保ったまま。
そんな存在が動くというだけで織りなす恐怖を文章にしてみようと試みた本作であるが、果たして読者の皆様が恐怖を感じられるような構成とできたかが気になるものである。
複数の人物の視点を、ぼかしながら入れ、曖昧な現代と10年前の切り替えを行うことで、どこか不思議な話にしようとしてみた記憶があるが、果たして、それが望むような演出となったのかは気になるところである。
正体不明、そして理不尽、かつ不気味。
この要件を満たすような怪物を登場させることで、一つのホラーの表現を考えてみた本作。
読まれた方にとって、それが本当に恐怖となったのか。
むしろ、曖昧な時間軸、視点が、見る人を満足させることができたのか。
稚拙な文とはなってしまっているようであろうが、読まれた方の率直な感想をお伺いできれば何よりである。