三話 奈落の底で
お待たせいたしました、第三話です。
「痛ッ」
足からの鈍い痛みで目が覚めた。
痛みのある右脛を見ると脛から先があらぬ方向を向いてしまっている。
「うわ、うわあああああ!」
自分の足を見て血の気が引く。
マズい、すぐに治療しないと!
でも治療したといても完治するかどうか分からない。
少なくとも治癒、中級治癒では骨の向きまでは変えられないだろう。
「ということは、これを治すには上級治癒以上でないとダメか。ううッ」
だめだ、折れた足を見ていると痛みが増幅していく気がする。とりあえず他に気を逸らそう……。
隣を見れば気を失って倒れている魔法の巫女がいた。
「おい、おい! 目を覚ませ! しっかりしろ!」
折れた足を引きずってエルフの肩を揺すっていると、「うん?」と寝起きのような呆けた声を出した後目を覚ました。
「ここは、一体?」
「どうやら俺たちの潜っていたダンジョンが崩壊したらしい」
「そんな!?」
エルフの彼女は信じられないような顔をして周囲を見渡した。
周囲は瓦礫が散らばっていて、下敷きにされなかったのは幸運だったな……。
「というかあなた!」
しばらくして俺の足に気が付いた彼女。
「ああ、どうやら地面に着いた時にやったらしい。脛から先だけで良かったかもしれないけど、もう冒険者は引退かもしれないな!」
雰囲気を暗くしないようになるべく明るく振る舞う。
正直辛い。
片足が駄目になったらもう冒険者として終わりだ。
もし街に戻れなかったらここで足を切断することも視野に入れないと……。
クソ!
「これはハイヒールじゃないと完全治癒は難しいかもしれないわね。しかもこれって私を庇ったせいで……!」
「ああ、最悪切断かもって言うか、え?」
俺が彼女を庇った?
何を言ってるんだ、こいつ。
もしかして落下している時に怖くて抱きしめていた時のことを言っているのか?
「ごめんなさい、わたしそんなことも気づかないで……!」
「あ、ああ……。ちなみに君はハイヒール使えるか?」
まあわざわざ訂正する必要も無いだろう。
もしかしたら本当に俺のおかげで無傷なのかもしれないしな。
とりあえず庇った件は置いておいて彼女にハイヒールが使えるかどうか確認する。
魔法の巫女だからもしかすると使えるかもしれない。
そのレベルでハイヒールというのはレアな魔法なんだ。
「申し訳ありません、私ミドヒールまでしか使えなくて……。攻撃魔法ならすべて上級クラスまで使用できるのですが!」
「ハァ!? すべてハイクラス!? いった!」
「ああ、そんなに動いたら傷に触るのは当たり前です。どうか落ち着いて」
どうか落ち着いてって落ち着けるか!
そもそもハイクラスが一つの属性で使えると言うだけで国に一人いるかいないかくらいなレベルなのに、それが、火、水、風、土、雷、光、闇の七属性すべて使えるということか!?
寧ろどうして治癒だけ後回しにしてしまったんだ……。
「はぁ、魔法の巫女はやっぱり伊達じゃないんだな……」
余りの規格外さにため息交じりで声を発すると、彼女は眉根を落として悲しそうな顔をした。
「いえ、恩人の一人助けられない魔法の巫女なんて! とりあえずミドヒールを掛けますのでお待ちください!」
「いや、待ってくれ! まだミドヒールは掛けないでくれ、俺はまだ希望を捨てたくないんだ。好意をないがしろにしてしまって申し訳ないけど……」
一見この怪我にミドヒールを掛けるのは悪くない判断に見えるかもしれない。いや、実際最適な判断なのだ。
しかしミドヒールを掛けてしまうと不完全に骨が癒着してしまい、その後もう一度ハイヒールを掛けたところでもう戻らないのだ。
だからギリギリまで完治の可能性を捨てたくない俺は、彼女の誘いを断った。
「そうですか! それは申し訳ありません、差し出がましいことをしてしまって……」
「っていうか君さっきから俺に対する態度がやけに従順じゃないか? どうしたんだ?」
「それはもちろんです! 昔から巫女として厳しく育てられてきて他人に手を差し伸べることはあっても、差し伸べられたことは一度も無く……。なので足を犠牲に私を庇ってくれたあなたは救世主なのです!」
「お、おお……」
どうやら巫女様にはいろんな事情があるらしいな。
めんどくさそうだから詳しくは聞かないけど……。
「しかしどうするかな……」
「高さからしてここが最下層でしょうから、私があなたをお守りして上の階層に向かうのが賢明かと」
「だが、そうなると君の負担が……」
「いえ! 今度は私があなたを守る番ですから!」
たわわな胸をボンと叩いたエルフ。
衝撃を受けて柔らかそうなそれはフルフルと波打つ。
……えっろ!
「と、というか! 君の名前を教えてくれないか! お互い敬称じゃ呼びづらいだろ?」
俺は目線と共に話も逸らす。
なんかこの空間のせいで変な気持ちになりそうだ……。
「たっ、確かにそうですね! 不便ですもんね!」
あれ、心なしか彼女の顔が赤くなっている気が……。
もしかして胸見てるのバレた!?
やばい、動悸が早まって足が痛くなってきた!
「じゃ、じゃあまずは俺の名前から! 俺の名前はアスラン。氏は無い、アスランと呼んでくれ」
「アスラン様ですか! あの大英雄と同じお名前とは!? やはりあなたは救世主なのでしょうか……」
あれ、なんか変な方向に考えがシフトしてない?
「それで、君の名前は?」
「す、すみません! すこし興奮してしまいました! 私の名前はマリア! マリア・ケーレと申します。どうかミアとお呼びください」
「そうか、ミア、もといマリア・ケーレ。よろしくな」
そうやって彼女の名前を復唱した途端。
唐突に指輪が激しく光りだした。
緑色の閃光が眩いほどに薄暗いダンジョン内を照らし。
「な、なんだ!?」
「指輪が光っているのでしょうか!?」
俺たちは光に耐えきれず目を閉じているとしばらくして光は収まった。
「なんだったんでしょう!?」
「いや、全く分かんないぞ……」
以前より輝きが増したように見える指輪を見てみると、『マリア・ケーレ職業魔法の巫女を登録しました』
と、どこからか声が聞こえてくる。
「誰だ!?」
「どうしましたか!?」
ミアが俺の声に驚いて反応する。
もしかしてミアにこの声は聞こえていないのか?
「なあミア。声が聞こえなかったか?」
「声、ですか? いえ、聞こえませんでしたけど……」
「そうか」
ならこの声は俺にしか聞こえない。
更に状況的に指輪が光った後に聞こえたということは。
「指輪の声か……?」
「はい?」
『私は勇者アスランの為に創られた指輪。人族以外の六種族毎、最も優れた人間の真名を登録することによりその能力を得ることができます』
「おいおい、ちょっと待てよ! 何を急に話し出して――」
『また、その能力は譲渡者の成長に関係なく才能に依存するので、譲渡者が覚えることが出来る魔法、または能力を使用することが出来ます』
「はぁ!? 何だよそのチート能力は!?」アスラン様は一体誰と会話しているのでしょうか……?」
ミアはおどおどしながら、大声で独り言をばらまくアスランを心配そうに見つめている。
『ここまでで質問はございますか。また私が答えられるのは指輪に残された情報だけですのでご了承ください』
「し、質問!?」
『無いのでしたら解説は終了になります』
「ちょ、あるある! そもそもどうして俺の指から指輪は離れなくなったんだ!?」
『それはあなた様が勇者アスランだからに他なりません』
指輪は突拍子の無い答えを返してくる。
「俺があの勇者アスランだと? 何言ってんだよ、勇者アスランっていうのは俺が生まれるずーっと、ずーっと昔に死んでるんだぞ! 俺は名前だけのしがない一冒険者だよ」
『そんなことはありません。勇者アスランは存命です』
「ハッ! だったら俺の前に連れて来てみろよ!」
もう意味が分からない。勇者アスランが俺だとか実は生きてるとか。
無理難題を押し付けて、俺は指輪に八つ当たりをした。
『もう目の前にいます』
「は? どこに?」
『あなたが勇者アスランです』
あーもうだめだ。こうなってきたら質問は堂々巡りを始めてしまう。
諦めて次の質問に行こう。そう思った矢先。
『時間です。質問はもう受け付けられません。また次の機会にお呼びください』
機械的な音声が時間の終了を告げた。
「おい、待てって! まだ聞きたいことはたくさんッ――」
『指輪に登録した人間の能力を使用したい場合は、譲渡者の名前を呼びながら指輪を額に当ててください』
「だからおい!」
ブツッと何かが切れる様な音がした後指輪の声が聞こえなくなってしまった。
「本当に何なんだ、これは……」
ため息のように思わず本音が漏れる。
「あの、一体どなたとお話ししていたのですか?」
ためらいがちにミアが言う。
「悪かったな、ほったらかしにして。だけど先に試したいことがあるんだ、その後でもいいか?」
「ええ、もちろんです! アスラン様の為ならいつまでもお待ちします!」
ミアは瞳をキラキラと輝かせながら俺が一体何をするかを期待している。
期待を裏切る結果にならないといいけど……。
と、その前に。
「なあミア、一つお願いしたいんだけど。俺の名前にさん付けするの止めてくれないか?」
「どうしてですか?」
「俺はさ、勇者アスランがあんまり好きじゃないんだ。あんな七人種最下層な人族が作り出した妄想が――」
もしかしたら魔法の巫女に言うセリフじゃないのかもしれない。
何故なら彼女たちは勇者アスランの仲間の一人であったと言い伝えられているのだから。
「そう、ですか。分かりました、これからはアスラン殿とお呼びいたしますね」
「いや、殿も嫌だな……」
「ならばアスラン君? ちゃんの方がよろしいですか?」
「なんでだよ! 呼び捨てでいいんだ、呼び捨てで!」
「ですが救世主様を呼び捨てするのは……」
「ならアスランさんでいいから。頼む」
無難なところを選んで提示するとミアは少し悩んだそぶりを見せて
「はい! これからよろしくお願いします、アスランさん!」
と満面の笑みで答えたのだった。
「ところで試したいことはよろしいのですか? アスランさん」
「あ、そうだった。ちょっとそこで見ててくれ」
なにかがあってはとミアを少し遠ざけて、先ほど指輪に言われた通りに額に指輪を当てながら、
「マリア・ケーレ」
と呟いた。
すると、何もない空間におびただしい量の呪文が浮かぶ。
「うわ! なんだこりゃ。これがミアが覚えられる呪文の量だってのか…
下級魔法から始まり勿論上級魔法、そしてもはや存在しないと言われている伝説級までより取り見取りだ。
「これは魔法すべてが使用できるとみていいな……」
しかしペナルティは無いのだろうか。
これだけの膨大な量の魔法が何の労力も無しに使えるわけがない。
試してみるしかないか……。
俺はその膨大な魔法の中から上級治癒を見つけて足にめがけて「上級治癒!」と叫んだ。
すると指輪から掌にそして掌から右脛に上級治癒が移って行き、ものの数秒で俺の足は完治してしまった。
「そんな、ばかな……!」
「アスランさん、上級治癒が使えたのですか!?」
駆け寄ってくるミアの肩を借りて立ってみるが違和感は全く無い。
「なんだよ、この指輪」
「凄いです! アスランさんって天才なんですね! 本当に尊敬します!」
ミアはいつの間にか羨望のまなざしで俺を見つめていた。
「いや、ミア。待ってくれこれはお前の――」
ミアに一から説明をしようとしたその時だった。
再び指輪に魔力が吸われる感覚が身体を襲う。
「グアア!」
「アスランさん!?」
指輪はゴクゴクと俺の魔力を飲むような勢いで、一向に衰えることが無い。
「なる、程……。これが対価かッ!」
恐らく指輪を付けた時の指輪が吸った魔力が百程だとして、上級治癒に掛かった魔力が二百だとしよう。
今この指輪は指輪の貯金では足りなかった百の魔力と、次の貯金である百の魔力を一気に吸い込んでいるんだ。
「がっはぁ! やっと終わった」
魔力を吸われて数十秒。
自分の限界の魔力ギリギリまで吸われて、気を失いそうだ。
フラフラと大きな瓦礫に寄りかかり、座る。
「アスランさん! 大事はありませんか!?」
「ああ、何とかな。やっぱりこの指輪は曲者らしい」
「そのようですね。大量の魔力がアスランさんから指輪に流れていくのが分かりましたから」
「ああ、だから少し休んでもいいか……」
「ええ! アスランさんは私が使えなかった上級治癒すら使いこなす才能の持ち主でありながら、救世主ですから、お好きなだけ!」
また勘違いが一つ増えたな……。
ただ今回は疲れて訂正する気が起きない、しかも眠い……。
「ごめん、ちょっと眠る」
「で、でしたら! どうか私のこの膝をお使いください、少しでもアスランさんのお役に立ちたいのです!」
「あ、いや別に大丈夫……」
やば、魔力枯渇で口も回らなくなってきちまった、身体の力も入らない。
俺の身体は自由落下でそのままミアの太ももにダイブしてしまった。
「アスランさん、なんだかんだ言って使って下さるのですね? もしやツンデレと言うやつですか?」
ミアがどんどん俺のことを勘違いしていく。
流石に否定、しないと……。
「そんな、わ……け、ないだ……ろ」
途切れ途切れで説得力ゼロの否定を残しながら、俺の意識は微睡みに落ちて行く。
「アスラン様、可愛いですッ……」
残されたミアは一人、生まれて初めて出会った絵本の中の救世主のような男、アスランを愛で続けたのだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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