二話 謎のエルフ
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「何も分からない……ですか」
「ええ、大変申し訳ありませんが、今のところはなんとも――」
俺はダンジョン攻略を早々に切り上げギルドへやって来ていた。
その理由はもちろん、俺の指にはまっているこの指輪の為だ。
ギルドの受付嬢に話を聞いたところ、「そのような呪いの例は無いから分からない」と言われたところである。
「はて、これはどうしたものか……」
ダンジョン内で付けてから呪いと言う呪いはまだ発動していない。
そもそもこれが呪いなのかも怪しくなっている。
もし呪いのアイテムではないとすれば、最も似ているアイテムは『魔法の指輪』である。
魔法の指輪とは、その指輪に登録されている魔法を指輪に魔力を込めることで使用できるというものだ。
しかし登録できる魔法もすべて初級レベルであり、一発ではゴブリンすら倒せない。
さらに言えば、魔力を込めるのも任意なので俺のように無理やり魔力を吸われたり、ましてや外れなくなったりなどはしない。
「本当になんなんだよ、この指輪は……」
俺がギルドの受付で立ち止まって指輪を見つめていると、後ろから肩を叩かれる。
「よお、アスラン。そんなところで突っ立ってどうしたんだ?」
やはりオスカルか、丁度いい。こいつにも一応聞いてみるか。
「いや、実はな――」
俺はオスカルにこの指輪を手に入れた経緯から効果を現在に至るまで細かく話した。
オスカルは「なんだそれ!?」とか「やばいな!」みたいにオーバーなリアクションを取りつつ聞いた挙句、
「オスカル、すまんが俺には全く分からん」
「まあそうだよな、俺も情報目当てよりかは精神を安定させるために話したようなもんだから気にすんなよ」
どうやらオスカルは俺に何のアドバイスも与えられないことに少し罪悪感を感じているらしい。
やはりこいつは仲間思いのやつなんだな、早くパーティに入ればいいのに。
「だけどな、アスラン。一つだけ不確かだがその指輪のこと分かる人間がこの町にいるかもしれない」
「え、本当か!?」
オスカルの予想外の言葉に俺の声は自然と大きくなる。
「ああ、でもこれは本当に眉唾だからあんまり期待しないで聞いてくれよ。いいか?」
「お、おう……」
いつになく真剣なオスカルの表情を見てこちらも自然と頬が締まった。
「昨日の俺の話覚えてるか?」
「ああ、引退するってやつか?」
「違う、あれは冗談だよ。別の話では?」
敢えてこの質問を聞いてみたが、良かった。オスカルの口から冗談という言質が取れた。
しかし昨日の話でこの指輪に関係ありそうなことと言えば、やはり――
「あのエルフの話か」
「そうだ。ここじゃ人が多すぎるから場所を移そう」
その提案に俺は頷く。
こんなに多くの人が出入りする場所で魔法の巫女の話は確かにマズいかもしれない。
と言うのも、魔法の巫女は冒険者の間では未確認生命体レベルで信じられていない話なのだ。
もし俺たちの話が聞かれれば翌日はギルド内で物笑いの種になるだろう。
「ここなら安心だな」
「ああ」
俺たちは町はずれの丘までやって来て話を再開する。
「そんで、俺が昨日出会ったエルフもとい魔法の巫女の話だ。魔法の巫女にはな、こんな伝承があるのは知ってるか?」
「どんなだ?」
一つ息を吸ったオスカルは信じられない話を口にした。
「魔法の巫女は『呪いの装備』を解呪できるって話だ」
「何!? そんなことがあるわけ!」
「もちろん信じられない話だろう。もし仮に魔法を解呪する方法があるならなぜ今まで誰もやらなかったのか」
「そりゃそうだ、それが出来れば何人の命が助かったか!」
「そうだな、でも解呪を行えるのが魔法の巫女ただ一人だったとしたら?」
「そうか」
「もうわかったみたいだな、そう、魔法の巫女が今まで呪いの装備を解呪していたとしてもそれは魔法の巫女に関する都市伝説レベルでしか語られない上に、そもそも存在自体が怪しい魔法の巫女に関しての話なんて誰も信じようとしない。さらに言えば――」
「魔法の巫女一人が頑張って解呪したとしても一年で死ぬ総数は誤差だもんな」
オスカルの話はなぜだか腑に落ちた。
魔法の巫女なんてオスカルから話を聞くまで絶対にいないと思ってたんだが、オスカル自身嘘を好まないことを俺が知っていたからかもしれない。
「じゃあ俺は昨日お前が会ったエルフに解呪を頼めばいいわけか」
「そうだ、でも急いだほうがいいぞ。もし俺みたいに何かのきっかけで気づくやつがいればエルフさんは早々にこの街を出るだろうからな」
「確かに。ありがとうオスカル、お前のおかげで少し光が差したよ」
「気にすんな、俺とお前の仲だ」
西日を背に微笑むオスカルはどこか寂しそうだったが、俺は背を向けて走り出した。
もしかしたらアイツは本当に引退するつもりなんだろうか、そんなことが脳裏を過る。
しかししばらくはオスカルもこの街にいるだろう、その時に再び話を聞けばいいだけだ。
「ちなみに俺がエルフと会ったのは三階層だ! 時間もこのぐらいだったから行くなら急げよ!」
「ああ、ありがとう!」
オスカルの助言を背に浴びながら俺はダンジョンへと急ぐ。
やっとの思いで三階層に辿り着いたのはそれから一時間ほど後のことだった。
「ハァッ、ハァッ――、エルフはいるか!?」
俺は辺りを見渡すが、それらしき影は一向に見当たらない。
この三階層からに階層に上がる階段はここを含めてもう一つある、もしかしたらここで待っていても先に上に上がられてしまうかもしれない。
そう考えた俺は三階層を探索することに決めた。
何度も三階層を探索しているため勝手知ったりだが油断は禁物だ。
今回はモンスターと戦うために来ているわけじゃない、人探しに来ているのだ。
なのでモンスターと戦っていても、自然と注意は外へ向く。
「おっと、あぶねぇ!」
迫りくるゴブリンの振りかぶりを寸前で避ける。
まずいな、ここまでほとんど休みなしで走ってきたせいか、体の動きが鈍い。
早急に倒さないと。群れが来たら死ぬかもしれない。
重い体に鞭を打っていつも通りすれ違いざまに一閃。
しかしやはり万全の動きでは無かったせいか、右肩に打撃を受けてしまった。
「ああ、クソ! こんなゴブリンなんかに苦戦するなんて!」
焦りすぎだ! そう思うが自分の生死が掛かっているのだ、焦らずにはいられない。
右肩の手当てもそこそこに俺は再び走り出した。
――しかしそれが間違いだった。
あまりに急ぐばかり、いつもは通らない道を誤って選択してしまった。
しかしそこまではまだいい。
現れたのは五体のゴブリン。普段であればギリギリ倒せる程度の敵だ。
だが今は違う。
上手いこと上段の切り下げが出来ない。
先程の肩への攻撃で上手く腕が上がらないのだ。
勿論これは上からの攻撃に対応できないということにもなる。
これはヤバいぞ、腕が使えなくなる前に終わらせないと――!
ゴブリンの横なぎをジャンプして無理やり避け、そのまま後方のゴブリンに突っ込んだ。
そのまま弓兵のゴブリンを刺し殺す。
振り向きざまに追いかけてきた棍棒ゴブリンをお返しで横なぎ。
しかしそのゴブリンは後ろに飛びのき、尻もちをつくだけで俺の剣はかすりもしなかった。
ここで逃す手は無い!
俺は流れでゴブリンに追い打ちを掛けようと突きを放ったが、その後ろにもう一体のゴブリンが控えていたことに気が付かなかった。
完璧に後れを取られた。
後ろに逃げようと考えたが、すでに突きの体制でもう前に体重を掛け過ぎている。
ならばと剣で防ごうとするが、壊れた右肩は動かない。
ああ、終わりか。
思考がスローモーションになる。
すべては油断と焦りからだ。
あの時右腕の傷を手当てしておけば、間違えた道を選ばなければ、こうはならなかったのかもしれない。
様々な後悔が脳裏を過る。
そしてその瞬間にもゴブリンの棍棒は俺の脳天をかち割らんと迫っている。
その時だった。
凄まじい旋風が巻き起こったと思うと、俺の目の前のゴブリンが吹き飛ばされる。
もしかして偶然通りがかった冒険者の誰かが助けてくれたのだろうか。
風が吹いた方を見れば、緑色のローブを頭から目深に被り、杖を携えた謎の女性がいた。
とりあえず彼女の方に行かないと!
そう思い身体を動かそうとした瞬間風が弱まった。
チャンスだ!
とにかく急いで這いつくばるように彼女の後ろに行けば、後方で大爆発が起こった。
「は?」
まさか魔法か?
でも今呪文を唱えただろうか?
聞き逃していないとすればこいつはもしや――!?
「魔法の巫女!」
思わず声に出してしまった。
彼女はハッとした表情を浮かべた後、後方に走り出してしまう。
「待ってくれ! 俺は君に頼みがあるんだ、話だけでも聞いてくれないか!」
このまま彼女を逃がせば俺は指輪の呪いで死んでしまうかもしれない。
そんな心の声が届いたのか、彼女は立ち止まりゆっくりと振り向いた。
「なあ、君と出会ったことは誰にも言わない。頼むから話だけでも聞いていってくれないか」
「……」
彼女は何も言わずこちらへ歩いてきて、膝をついて懇願している俺の右肩を触った。
途端右肩の痛みが消え、何事も無かったかのように腕が上がるようになる。
「や、やっぱり君は!」
「申し訳ありませんがあなたの願いを聞き入れることはできません」
「……え?」
「先ほどあなたの思考を少しだけ読みましたが、その指輪の呪いは解けません」
「そ、そんな!?」
思考を読まれたとかそんなことはどうでもよかった。
この呪いが解けない、だと?
「どこで聞いたかはわかりませんが、確かに魔法の巫女である私は呪いの装備を解呪することができます。しかし――」
「ならどうしてこの指輪の呪いは解呪できないんだ!?」
俺はかなり取り乱していた。
死ぬ思いをしてようやく魔法の巫女を見つけ出したというのに、呪いを解くことができないなんて。
しかもこの指輪に限ってだ。
もう俺は死ぬしかないのか……。
「早とちりしないでください。私に解けない呪いはありません」
「ならなおさら!」
「ですからその指輪は呪いの装備では無いのです」
「――え?」
呪いの装備ではない?
ならばいったい――?
「そこまでは言えません、というか不明です。呪いのように装備に強制力がありながら術者を苦しめるような干渉は一切無い。一体どういう目的でつくられたのか……。とりあえず私から言えることはそれだけです、では」
彼女はそう言って今度こそ背を向けて行ってしまった。
俺の心に同じくらいの安堵と不安を残して。
しかしそこで彼女との別れにはならなかった。
ダンジョン自体が急に強く振動し始めたのだ。
「キャッ!」
「危ない!」
俺はバランスを崩した彼女を支える。
「大丈夫か!?」
「え、ええ。ですがこれは?」
揺れは収まるどころか激しくなるばかり。
次第に立っているのも辛くなるほど揺れた後、ゴゴゴ――とダンジョンがまるで呻いているような低い音が鳴った。
そしてその音が止まり、
「どうやら揺れは収まったようですね」
「ああそうだな」
俺たちの足元に大きな亀裂が入った。
その亀裂はあっという間に広がり、最終的に崩壊する。
「うわああ!」
「きゃああ!」
抵抗する間もなく俺と魔法の巫女は奈落の底に落ちていく。
それでも俺は彼女の肩を持ち守ろうと――。
あ、駄目だ。内臓が浮かぶような気持ち悪い浮遊感に耐えられない、吐きそう……。
「オェッ」
「ちょ、ちょっと! 吐かないでください! 吐くならせめて私を離して!」
「むり、怖くて離せない……。オエエ」
「いやああああ! どうしてこんなことに!?」
そして俺たちはいろんな意味で叫びながら深く暗い奈落へ落ちて行ったのだった。
いまだ敵はゴブリンしか出てこず……。
ハイファンタジーって、書くの凄い難しいですね。
戦闘描写とか、魔法の表現とか。
現実世界と違って、自分と皆さまとの想像の乖離が激しくなりそうで怖いです。
頑張って勉強します。