side:はじめ―長いトンネルから、
嫁がせる子編:
有原 はじめ 高等部1年2組
スポーツ一家に生まれ、恵まれた体格を生かしてソフトボール部で投手をしている。温和で周りを大事にするが、少し内気な面もあり、投手としてはそれが仇となっている側面がある。
「お疲れ、お水飲む?」
半ば意識がなくなりそうなくらいに、俯いて歩くわたしに、そっとボトルを差し出してくれる奏乃ちゃん。ぴょこぴょことしたようにベンチの中を飛び回って、その元気に、空っぽだった心に、何かがちょこっとだけ満ちていく。
「ありがとう、頂くね」
「いいよ、これがあたしの仕事だもん」
「そうは言っても偉いよ、ありがとね」
打ち込まれてノックアウトされたっていうのに、温かく迎えてくれるチームメイトも、優しくて、今はそれが痛い。この前も、同じように打たれて戻ってきたのに。
思いきりボトルを飲み干すと、甘さがカラカラになった喉に染み渡る。わたし、どんだけ上がってたんだろう。どうりで、地面がふわふわ浮いてるみたいになってるんだ。
ツーアウトまでは、簡単に取れてたのに。今日は投げる球も調子がよかったし、腕もよく振れていた。今日はこのまま行けると思ったのに、次のバッターのとこで、ボールが抜けてデッドボールを出してしまったのがいけなかった。そこから一気にガチガチになって、そしたら自然と球質も落ちてしまう。そこから先は、思い出すのも嫌になるような。
……わたし、こんなんばかり。理由はとっくにわかっているのに、治しかたなんてどう探しても見つからない。
「はじめちゃん、軽くキャッチボールしよっか」
「あ、……うん、そうだね」
ぽんぽんと背中を軽くミットで叩く帆乃花ちゃん。マスクを付けると頼もしいのに、いつもは明るくてみんなの盛り上げ役で。こんなに心が強いなんて、羨ましいや。……わたしも、こんな風になれたらよかったのに。
ベンチから出て、軽く距離を取る。いつもの事だけど、今日は、胸の中のもやもやを晴らしたくなる。
「ごめん、一球だけ座って受けてくれない?」
「どうしたの急に、……まあいいけど」
目分量でお互いに下がって、普段マウンドから見るのと同じ景色。軽く体の力を抜いて、手首を軽くぶらぶらと揺らす。
「あ、もういいよ」
「もう、どうしたの?」
とか言いつつ。試合のときみたいにどっしりと構えてくれる。きっちり取ってくれるって信頼できるような、頼もしい姿。
いつも通り構えて、そのまま体の中にある力を全部右腕に込めて、ミットまで放り込む。パシンッ、と、高く乾いた音がミットに弾ける。
「わっ、これじゃぁクールダウンになってないよーっ」
「ごめん、ちょっともやもやしててさ」
「……そうだろうね、さっきの、誰も打てないんじゃないかってくらいいい球だったもん」
「さすがに言い過ぎだって。……でも、そうかもね」
今日投げた球で、さっきのが一番よかった。それが、妙に悔しくて、きっと、長いトンネルから抜け出せない理由も示してる。
あがいても、もがいても、いくら投げ込んでも、……わたしはまだ、暗いトンネルの中。




