side:歩実―暗い底から、
うちの子編:
一ノ瀬 歩実 高等部1年5組
幼い時に起きた不幸な出来事から人間を信じることが難しくなり、そのせいかどこか冷めていて、やや厭世的。人と触れ合うことは苦手で基本的には一人でいるが、時折寂しさの裏返しのようなきつい言葉が出ることもある。
「ありがとうございましたー」
時間的に最後になるだろう客を見送って、時計をちらりと見る。もう閉店の時間、自然と、ため息が零れる。もちろん、閉店してからもすることはいっぱいあるけれど、人に愛想を尽くさなくてもいいというだけで、大分心の荷物は減る。
今日も、疲れたな、主に頬のあたりが。笑顔をつくろった仮面なんてないから、毎回土日のシフトだと頬が吊りそうになる。
……人といることは、疲れる。周りをみても、そんな素振りなんて誰も見せないのに。そんなの苦にも思ってないのか、それともみんな「普通の人」でいることが上手いのか、それすらもわからないほど。
突然肩を叩かれた感触に、叫び声が出そうになる。それをこらえるて振り返ると、先輩のおばさんの自然なふっくりとした笑顔。
「どうしたの歩実ちゃん、元気ないけど」
「いえ、大丈夫です、ちょっと疲れちゃって」
「そうよねぇ、まだ若いのに大変よね」
「そ、そうですね、少しは慣れてきましたけど」
曖昧に笑ってごまかそうとして、頬が攣りそうになる。いい人そうなのは分かってるけれど、この距離感は好きじゃない。近づかれるのは苦手だ、信頼してしまったら、何をされても離れるのも難しくなる。例え自分を利用されてたとしても、裏切られたとしても。
一度信頼を喪ったら、それを取り戻すのは難しい。それと同じくらい、信じきったものを捨てるのは難しいんだ。勝手に期待して、その度に裏切られて。だから、誰かを心から信じきるなんて、もうしない。心のスキを増やしたって、いいことなんて何もないもの。
無心のまま体を動かして、動かして。することさえ終わらせてしまえば、この時間はすぐに終わる。終礼の挨拶も半分聞き流して、機械的に挨拶を返す。
「ふぅ、お疲れ」
「……お疲れ様です」
普通の人でい続けるのは疲れる。人が苦手なあたしがバイト先にここを選んだのも、それをどうにかして克服するためだっていうのに。その前に挫折しそうになる。
着替えるのも素早く済ませて、一番先に店を出る。夜道は通らせたくないからって理由で、店長さんをはじめみんなから賛成してもらえてるけど、それでも店の中で何を言われてるかなんてわからない。
……一人で生きられるほど、単純な世界だったらよかったのにな。ひとりなら、あたしに干渉して、奪おうとする人なんて誰もいないもの。笑顔のようなものを振りまいて、孤立しないように、世界から置いていかれないようにすることもしなくたっていいのに。
寮に帰っても、ルームメイトがいる。どうしたって、その人とはしばらく付き合わないといけないから、変にボロも出せない。こんなんだったら、もっと試験のときに頑張って一人部屋の菊花に入るんだったな。
街灯に照らされた、それでも先なんてよく見えない帰り道。あたしはどうしたって、闇に飲まれないにするだけで精一杯。




