4.すれ違い
慌てて涙を拭って、どうぞと声をかけるとなだれ込むように厳つい顔の人たちが部屋に入ってくる。驚いて、思わずナースコールを押すところだった。入ってきた男衆はビシッと背筋を伸ばして気を付けの姿勢になる。
「杠六花様ですね?」
「は、はい」
名前をフルネームで呼ばれ、思わずわたしも背筋が伸びる。一番最初に口を開いたのは、厳つくもなく、かといってひょろいわけでもない、まさしく堅気ではない雰囲気をまとった男の人。
一番わたしに近い場所に面会用の椅子を持ってきて、腰掛けている。物腰は丁寧だけど、少しでも返答を間違えたら大変なことになりそう。そんな感じの人。
わたしがうなずいたのを見て、後ろに控えている厳つい顔の男衆が顔を見合わせ、うなずき合う。そして、男衆の中から一人がわたしの名前を口にした男の人に手紙らしきものをものすごく丁寧に渡した。
授賞式かってぐらい、腰を折って頭も下げて、表彰状を受け取った人みたいに、手紙を椅子に腰掛ける人に渡した。これだけ見るだけで、椅子に腰掛けている人がこの中では一番偉い人であることがわかる。
「これは、若……ごほん。失礼しました。爽弥様から六花様へといただいた手紙です」
男の人はわざとらしく咳き込み仕切り直すと、手紙をわたしに渡す。そーちゃんからの、手紙……。あれから、一体何を考えて、手紙を書いたのか。そっと封を手で千切って、便箋を取り出す。
中には、ずっと友達だと思っていること、小学生のときは自分がヤクザの息子だと怯えさせてしまって申し訳なかったこと、確かに責任感もあったのは事実だけど、同情でそばにいたわけではないことなどが書かれていた。
真っ直ぐな思いが伝わって、こらえていた涙がこぼれ落ちる。便箋を濡らしてしまわないよう、オーバーテーブルにそっと置いて涙を拭う。そーちゃんは、いつもわたしと向き合ってくれていたのに、逃げ回るのはもう止めだ。
「この寒い中、雪も降っているのに……ありがとうございます」
車椅子から立ち上がって、深々と頭を下げた。感謝の気持ちと、申し訳ない気持ちを込めて。偉い人は黙ってわたしを見て、ぽつりとくだけた口調で呟く。
「こりゃあ、若が落ちたのも納得だな」
「え?」
「いえ、何でも」
聞き返すと、すでにさっきと同じ丁寧な口調に戻っていた。偉い人は、茶目っ気たっぷりに片目をつむって、「爽弥様、我慢できなくなって明日から来ると思いますので、どうかよろしくお願いします」と言って帰っていった。まさに嵐のような人たちだった。
明日、そーちゃん来るんだ……。何度も手紙を見返しては、にやけて「ふふ、うふふ」と怪しげな笑い声を出す。ちゃんと謝って、早く仲直りしたい。明日が早く来ることを願って、早々に眠りについた。
次の日、外は真っ白だった。思わず、声をあげてしまう。こんなに雪が積もっているのを見たのは、小学生のとき以来だ……って、当たり前か。こんなに雪が積っていたら、そーちゃんがお見舞いに来れないかもしれない。
リハビリ中もそーちゃんのことしか頭になく、先生から集中するように注意を受けてしまった。お昼を食べ終え勉強のほうの自習をしていると、扉をノックされた。逸る気持ちを抑えて、声をかける。
入ってきたのは、担当医のおじちゃん先生だった。そーちゃんじゃなかった……。でも、ここであからさまに肩を落とすほど、わたしも子供じゃない。
「体調はどうかな」
「バッチリです」
「そうかい。じゃあ、今月の半ばに退院しようかね」
「はい!」
思っていた以上に早い退院だけど、不安はない。むしろ、早く退院したいと願っていたぐらいだもの。先生はニコニコしながらも、真剣味を帯びた声色でわたしの目を真っ直ぐ見る。
「いいかい、杠さん。眠り続けていた六年間の分、これから楽しいことが沢山あるだろう。勿論、楽しいことばかりではないだろうけど、リハビリを一生懸命続けたあなたなら、きっと乗り越えられる」
「ありがとう、ございます……! 先生。お世話になりました」
朗らかに笑って、先生は部屋を出ていった。ありがたい言葉に、嬉しくなって胸の奥がポカポカと温かくなる。不安はなかったけど、先生の言葉で退院後の生活を送るのに勇気付けられた。
今月の半ばってことは、クリスマス前。入院期間は、大体三ヶ月ぐらいだったな。そーちゃんの誕生日を、もしかしたら祝えるかもしれない。そうと決まったら、早速プレゼントを考えなくっちゃ!
男の子にプレゼントって、何がいいんだろう? いや、もし昨日偉い人が言っていた通り今日病院に来てくれるとしたら、本人に直接聞いてしまうのもいいかもしれない。友達への誕生日プレゼントと言えば、文房具ぐらいしか思い付かないし。
もう高校生なのだから、流石に文房具……えんぴつとか、使わないよねぇ。ああ、でもどうせならバイトとかやって、そこからプレゼントを買いたかったな。今わたしは親からお小遣いをもらっていて、入院しているから使うこともなく貯まっているけど、あくまでお小遣いは親のお金。
毎日お見舞いに来てくれて、勉強まで教えてくれたそーちゃんへの誕生日プレゼントは、自分で稼いだお金で買いたかった。退院してすぐに短期バイト……は、無理だろうし。
そうだ。物じゃなくて、何か手作りするっていうのはどうだろう。裁縫は好きだし、編み物も家でよくやっていたから、簡単なものなら編める。寒い時期だし、無難だけどマフラーとか……いいかも。
かぎ針で編む方法、覚えてるかな。やるのスッゴい久しぶりだもんなー。でも、楽しみ! 渡したら、喜んでくれるかな? でも、一応本人の意見も聞いておこう。
待つのに飽きて、部屋から出てうろうろしていたら、そーちゃんらしき人影を発見した。声をかけようとして、止まる。思わず、隠れてしまった。すごく綺麗な女の人と、一緒にいるから。美男美女とお似合いで……さっきまでのはしゃいだ気分がなぜかしぼむ。
「ねぇ、そう。今年の誕生日プレゼント、何がいい? あたしの手作りなら、何でも嬉しいでしょ?」
「んー……。じゃあ、マフラー」
まふ、らー……。そーちゃんの言葉に、ショックで隠れているわたしに気が付かないまま、通りすぎていく二人。よく見ると、腕まで組んでいて、どこからどう見てもラブラブのカップルにしか見えない。
二人の姿が見えなくなってから、その場から逃げるようにとぼとぼと歩く。エレベーターに乗って、扉が閉まる直前に何で気付いたのかわかんないけど、こちらに向かってそーちゃんが走ってくるのが見えたけど、たどり着く前に扉が閉まる。