番外編1 彼とわたしの攻防戦
「そーちゃんの浮気者ー!」
「ま、待てって、六花ー! 誤解だー!」
「そーやにぃ好きー」
部屋中を鬼ごっこのように駆け回る、大人2人とそれに引っ付いてまわる子どもが一人。そんな三人を見て、呆れたと言わんばかりにため息混じりで凛が隣に座っている真理夏に視線を向けお茶をすする。凛の隣でケラケラ笑って様子を伺っているのは、凛の恋人の犬飼だ。真理夏は困ったように微笑み、「程々にしなさい」と大きい子ども二人と自分の子どもへ注意する。
何がどうしてこうなったのか、説明をするにはひと月ほど時を遡ることになる。キッカケは、真理夏の一人娘が迷子になったことだった。その日、六花と爽弥はデートをしていた。道中、泣いている女の子を見つけ、子どもが苦手(強面なためギャン泣きされる)な爽弥に代わり、もうすぐ小学校の教師になる六花があやしながら迷子センターへ。
そこで偶然なことに、数年ぶりに六花は妊婦の真理夏と再会を果たす。六花は高校時代、事故で頭を強く打った衝撃で、高校へ入学してからの半年間の記憶を殆ど失っている。そのため、真理夏は六花を知っていても六花は真理夏の事を知らない。無理に記憶を刺激するのも良くないだろうと、娘を連れてきてくれた他人として去ろうとしたが、六花の首元で光る花のチャームを見付け、堪らず真理夏は六花の名前を呼んだ。
「あの、~っ、ねぇ六花! あたし、真理夏って言うの。覚えてないかもしれないけど、それでも、あたしは貴方ともう一度、友達になりたい……っ!」
ポカン、と驚いたまま固まる六花はすぐに破顔して、首元で光る花のチャームを指先で軽くつまみ、「このネックレスくれた、真理夏さんですよね? わた、わたし、も……会えたら言おうと思ってて。……また、友達になってくれる? 真理夏」そう言って、瞳に涙をためる。ポロリ、一粒涙を零してから、二人は再会を喜びあった。
問題はここからである。真理夏の一人娘の愛奈、四歳は大変おませな子だった。母親譲りか爽弥の目付きの悪さをものともせず、それどころか気に入った様子であちらこちらへと連れ回す。止めに、六花が四月へ向けての準備で忙しくなり、爽弥と中々会えずにいた時、バレンタインはせめて一緒にいたいと思っていたところ、愛奈からチョコレートをあーんされている現場を目撃。
そして、冒頭に戻るわけである。つまりは、六花の嫉妬が爆発した、そういうわけなのである。しかし、身長が小学生と大差ない六花が爽弥から簡単に逃げられる訳もなく、手首を捕まれ強引に振り向かせられる。そして、今までのヘタレっぷりを挽回する勢いで爽弥は噛み付くように六花へキスをした。
爽弥の後ろをついてまわっていた愛奈の両目は凛の手のひらで覆い隠され、「愛奈ちゃん、凛お姉ちゃんと遊ぼうか。向こうで!」有無を言わせない迫力で愛奈を説得し、真理夏へ目配せして、未だに腹を抱えて笑い転げている犬飼を連れて愛奈と一緒に別室へ。そのタイミングで、真理夏も「あたしも愛奈の様子見てくる。あとはよろしく、頑張れよ、そう」ファイト、と拳を作って部屋を去っていく。
「んんん~! ぷはっ、はぁ、はぁ。……わたし、怒ってるんだからね、そーちゃん?」
「うん、知ってる」
「じゃあ、何でそんなにニコニコ嬉しそうな訳ぇ?」
「六花の、嫉妬する姿が嬉しくて、可愛かったか――うぐっ」
素直に答えただけなのに、腹に頭突きを食らわせられるという理不尽。勿論、六花の照れ隠しだと分かっているので爽弥は嬉しそうに笑っているだけだ。耳まで真っ赤にそめて、俯いたまま何も言わなくなってしまった六花の頬を両手で包み込むようにそっと自分の方へ向ける。
目が合った瞬間、恥ずかしさのあまり目に涙をためていた六花の目尻に唇を落とし、涙を優しく拭う。ニコニコご機嫌な爽弥とは真反対で、ふて腐れた様子の六花は、「前のそーちゃんのが初心だったのに!」とぶつくさ文句を言う。すると素早く爽弥が下から覗き込むように、瞳をまっすぐ見つめて首を傾げる。
「じゃあ、今の俺は嫌?」
「~っ、もう! そーいうとこ! 上目遣いしたって、身長でっかいんだから可愛くないからね!」
「まぁな。六花がしたら似合うけど」
余裕綽々と言った態度が気に食わなかったようで、うむむ、と唸っていた六花が、爽弥の服をグイッと強く引っ張る。プクっと頬を軽く膨らませ、上目遣いで瞳を潤ませながら唇を尖らせる。
「そーちゃんのばかっ」
所謂、あざと可愛いというやつである。流石に純情な爽弥には刺激が強すぎたようで、「ぐっ……あざとい……!」と呻きながら六花を抱き締める。離すまいとぎゅうぎゅう抱きしめるが、六花は苦しいとも何とも言わず、顔だけもぞもぞ動いて出して、じーっと爽弥を見つめる。
「どうした、りっ、んぐ!?」
「手作りチョコ、折角だから、わたしが一番がよかったのに。こ、恋人……になって、初めてのバレンタインだったんだよ?」
六花が頬をふくらませながら爽弥の口に無理やり詰め込んでいるのは、ガトーショコラらしきもの。爽弥に喋らせる気は暫くないらしく、一生懸命もごもご口を動かしている口の中へ次々押し込んでいく。
「それなのにさ、そーちゃんったら愛奈ちゃんのチョコをあーんしてもらってさ、デレデレしちゃってさ、一生懸命作ったのに!」
自分でも、子供じみた嫉妬だとわかっている。分かっていても、爽弥には甘えたくなってしまう。別に相手は幼い子供だし、恋敵でも何でもなくて、微笑ましく見守るべきだと頭でわかっているのに、みっともなく嫉妬してしまう。そんな自分が嫌で、最後の方はグズグズと半泣き状態の六花を、優しく抱きしめ、そっと唇にキスをする爽弥。
自分はわがままで嫉妬ばかりなのに、何でこんなにも優しいのだろう。そう考えただけで、また涙が零れそうになる。そっと指で六花のまん丸の瞳から零れ落ちそうだった涙を拭いとる。よしよし、と落ち着かせるように優しく髪を梳く、大きくて温かい手のひらに、少しずつ荒れていた心が落ち着いてくる。
「……ごめんなさい」
「何で? 六花は悪くないよ。それに、俺もバレンタインに六花のチョコ、一番に食べれて嬉しいし」
「……え?」
「ほら、六花ってば最近俺のこと構ってくれないし、メッセージ送っても何か素っ気ないから、こうして嫉妬してくれたのすごく嬉しい。まぁ、今が大事な時期って分かっててもさ? 俺ばっかり好きなのかなーって、寂しくて。でも、嫉妬する六花があんまりにも可愛いからさ、とりあえず今日は覚悟してね?」
…………六花は、学生時代の爽弥の純情っぷりと、今の姿を比べ、変わったなぁと遠い目になる。と言うか、若干そーちゃんからヤンデレ臭がするのは気のせい? うん、気のせいだよねー、きっと。そうに決まってる。今夜ーーいや、今日は朝までコースな気がするなぁ。遠い目をしたまま、そんなことを考える。
自分が捕まったのは、一途で純情なワンコでは無く、一途で純情だけど嫉妬すると途端に狼に変身する彼だったことに、六花はまだ気付いていない……の、かもしれない。




