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41.その後のお話

 春にしては、少し冷たい風が頬を撫でつける。長い黒髪は、バレッタで留めている。腕時計を見て、約束の時間になったことを確認してから、カフェへ足を踏み入れた。ショートヘアをふんわりと巻いた女性の元へ近付き声をかける。



「久しぶり、凛さん」



 振り返った女性――凛さんは、わたしを見て驚いたように目を見張った。それから破顔して、「久しぶりね、六花。随分、大人っぽくなったのね」と嬉しそうに言った。お互い席に腰掛け、それぞれケーキセットを注文して近況報告をする。凛さんは、看護師を目指しているんだとか。高校時代、特になりたい職業がないと雑談の中で話していたけれど、やりたいことが決まったみたい。



 わたしが頼んだケーキセットの方が先に来たので、遠慮なく食べさせてもらう。甘いチョコレートケーキに、酸味の効いたオレンジのーソースがよく合う。もぐもぐと口を動かし、ホットココアでじんわりと温まってから口を開く。



「わたしね、今教師目指してるの」

「六花が?」

「うん、まぁね」



 ふふ、と小さく笑ってココアを口に含む。意外、と言った様子で目を丸くする凛さんの顔を見て、少し照れくさくなる。教師を目指している理由は、わたしのように事故や怪我などで学校に行けず、思うように勉強ができない子供たちをサポートしたいと思ったから。



 そう話すと、凛さんは目を細めた。嬉しそうに、泣きそうな目で笑った。凛さんが看護師を目指している理由も、わたしと殆ど同じような感じだった。凛さんは、わたしという友人を記憶喪失にしてしまった罪悪感から、初めは医者を目指していたらしいけど、患者に寄り添うなら、看護師の方がいいんじゃないかと考えたそう。



「ところで、お互い恋人のこの字もないわけですが」

「別にいーじゃん? お互い夢のために精進精進ってね!」

「もう! 六花はいいの? だって、目車先輩……」



 怒ったような口調で、自分を責める凛さん。泣きそうな声色で、「ふたりとも……」と言いかけるのを、あえて遮る。



「今は勉強が恋人です! 凛さんも大事な時期でしょう? ほら、リアルの恋人なんか忘れた忘れた!」



 そーちゃんのことを、忘れたわけじゃない。失ったものの大切さに気付いたのは、失ってからだった。それでも、もうどうしようもない。どうしようもないことを、いつまでも悔やんでいたって仕方がない。



 しょんぼりした凛さんを励ますように、カフェから出て街をぶらぶらと歩く。服や雑貨を見て回り、色々話しかけてみるけど落ち込んだまま。途中、クレープ屋さんを見付け、2人分頼んでいる間に、凛さんとはぐれてしまった。両手はクレープで塞がっているし、連絡の取りようがない。



「お姉さん俺たちと遊ぼ!」

「友人を探しているんです。離してくれませんか……きゃっ」



 遠くから凛さんの小さな悲鳴が聞こえ、慌ててクレープを放り出して人混みをかき分ける。すると、そこには凛さんの肩を抱いて庇うようにナンパ男達との間に体を割り込ませ笑顔で無言の圧力をかけている男の人と――そーちゃんの姿があった。



 高校生から、更に端正な顔立ちに育っていたそーちゃんは、人混みに紛れているはずの背の低いわたしにいち早く気付くと、ずかずかと歩いて向かってくる。思わず、その場から逃げようとして、踵を返した。けれど、すぐに壁際に追い詰められ、後ろから壁に手を勢いよくつく。所謂、壁ドン状態。



「六花、ごめん。あれから数年経った、でも忘れられなかった。困らせる、ごめん。好きなんだ……。俺じゃあ、だめ?」



 耳元で囁かれ、息が止まったかと思った。心臓が、痛いぐらい鼓動する。ぎゅっと目を瞑って、そーちゃんがいなかった数年間を振り返る。寂しい、それに尽きた。わたしは、記憶があるとかないとか関係なく、そーちゃんにどうしようもなく、惹かれていたらしい。



「過去のこと、思い出せない」

「それでもいいよ。また、思い出を作っていこう」

「ごめんね、好き」

「何で謝るの。……六花、好きだよ」

「わたしも、そーちゃん」



 そーちゃんの大きな胸に飛び込んで、強く抱き締めてもらう。



 その後、どうなったかと言えば……。凛さんは、犬飼真司。裏の世界では情報屋として活躍していた男と無事恋人になった。わたしは覚えていないけど、胡散臭い笑顔が特徴的な男だったから、心配だけど凛さんがあれほど信頼しているから、多分大丈夫じゃないかな。あの男こそが、凛さんが中学生の頃から片思いし続けていた男らしい。



 曰く、情報屋としての仕事からは足を洗ったらしいし。本当かどうか知らないけど、凛さん泣かしたら許さんって怒ったら「あるべき場所に帰ってきたね」なんてよく分からないことを言われた。



◇◇◇



 ある秘密を抱えた幼馴染みの彼と、危ないけど変わった日常を送るわたしのお話は、これでおしまい。

これにて、「彼とわたしの風変わりな日常」は一旦お終いとなります!お付き合い頂いた読者様、ありがとうございましたm(_ _)m


誤字脱字の修正は、少しずつやっていきます。

番外編の投稿は、気力があれば……( ̄▽ ̄;)


それでは。

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