38.失恋と告白
凛が情報屋に振られてから、数ヶ月。夏が終わり、秋がすぎて――季節は冬になっていた。その日はチラチラと雪が降っていた。マフラーを巻き、コートを着た凛の、長かった髪はバッサリと切られ今は肩につかないほど短い。情報屋に冷たく突き放されたあと、しばらく泣いていたけど、唐突に「髪を切る」と言い出しその日に勢いのままショートヘアにした。凛なりに、気持ちを整理をしたかったのかな、なんて考える。
吹っ切れたように見える凛だけど、時々今にも消えてしまいそうなほど、儚く見えるのは気のせいか。でも、髪を切ったことで凛の片思いが成就しなかったと悟った男子達が、3日に一度ぐらいの頻度で凛に告白してくるようになったのはちょっと鬱陶しい。いや、結構鬱陶しい。
他の友達は、凛のことを色々と気にかけるけど、気丈に振る舞う姿に何とか元気づけてあげたいねと話していた。わたしだけが知ってる、あの日の出来事。あれほど頻繁に携帯を触っていたのが、今では嘘のように触らなくなった。連絡先も、振られた当日に消したそう。
わたしは情報屋と繋がりがまだある。でも、何となく凛との関係に口出しはしちゃいけない気がしたから、話題には出さない。きっと、時間が傷を癒してくれる。今はそれを、じっと待つしかない。わたし達は、凛を無理に元気づけるんじゃなくて、普通に接していればいいのかな、と思っていた。
花火大会の夜の、そーちゃんキス事件(?)は、未だに解決していない。わたしも、キチンとケジメをつけなきゃいけない。凛の姿を見てそう考えている。イツキ先輩の連絡先は、情報屋から教えてもらったから。ちゃんと考えなくちゃ。来年、そーちゃんは受験生だ。今のうちに、ハッキリさせなくちゃ。
「六花~。うち先生に呼ばれたから、先に弁当食べといて」
「んー、了解」
雪から、雨に変わった昼頃。窓に張り付く雨粒を眺めていると、凛に声をかけられる。薄暗い廊下を歩いて行く凛の後ろ姿にどこか不安を覚え、弁当を教室に置いてこっそりあとを付けた。先生達のいる部屋の前で立ち止まり、中に入っていく。
なんだ、本当に先生に呼ばれたんだ。ホッと胸を撫で下ろして、教室へ戻ろうとしたのも束の間、すぐに凛は部屋から出て階段を上り始める。様子がおかしいと思い、教室へ戻らずあとを付ける。着いたのは、屋上。雨の日とかは、扉が施錠されているはず。何で凛は屋上なんかに――。ざわつく感情を抑え、行動を見る。
カチャ、とノブを回すと扉が開く。驚いて、凛の手元を見ると屋上用の鍵が握られていた。何で鍵を持っているの? 屋上の鍵は、生徒が持つことは禁止されているはず。屋上は、フェンスで囲ってある。だけど、凛は雨が降る中躊躇いなく屋上へ出て、下を確認してからフェンスを上り始める。ヤバい、直感が告げる。わたしも屋上へ飛び出す。
雨で濡れたフェンスを、何度も足を滑らせながらも上っていく凛に後ろから抱きつき、引きずり下ろそうとするけど、力が強くて中々離せない。片腕を振り回し、抱きつくわたしをはがそうとする。まだフェンスを上りきっていない、今ならまだ多少暴れても多分大丈夫。
「離してよ! うちはもう生きたくない! 犬飼さんに拒絶されたら、もう生きる意味ない……。うちの全てだったの!」
「馬鹿言わないで! 凛はわたしの大切な友達なんだから、見殺しにするわけないでしょ!」
「うるさい! だったら何で犬飼さんのこと、教えてくれなかったの? 六花は知ってたんでしょう? 何年も付き合いがあったうちなんかより、ずっと六花のほうが犬飼さんのこと、知ってたじゃん!」
そんなの分かってる。でも、言ったら凛は情報屋のことをすぐに諦めてた? 違うよね、だって凛は、中学生の頃からずーっと情報屋に片思いしてたんだもん。何年も片思いしてたのを、わたしのたった一言で諦めることが出来るわけ、ないでしょう?
ガシャンガシャンと、大きくフェンスを揺らして抵抗する凛と、それを何とか抑えようとするわたし。どうしよう、こんなに強い力じゃ、わたし一人では抑えきれない。フェンスの揺れは激しさを増す一方。必死で抱きつき、落ちまいとする。凛は、泣きながら叫んでいた。
「うちはずっと思ってたよ。うちじゃなくて六花だったら、犬飼さんも心開いてたんじゃないかって! だから……六花がいなければって、何度、何度も思った!」
頭を金槌で殴られたような、強い衝撃を受ける。友達をここまで追い詰めるほど、わたしは鈍感だった。小学二年生の頃、一緒に遊ぼうと誘って酷く拒絶されたのを思い出す。ショックで、それ以上に大切な友達にそんな思いをさせていたことが申し訳なくて、わたしは無意識に震える声で「ごめんなさい」と謝っていた。
わたしの力が緩んだことに気がついた凛が、素早くフェンスを乗り越えようと動いた瞬間、怒声が響く。二年生の教室から走って屋上まで上がったのか、軽く息を切らしているそーちゃんの姿。凛の動きが止まったのを見て、わたしもフェンスに足をかけて凛の肩を掴む。
「凛が、嫌なら、わたしはもう関わらないよ。でも、生きてよ……! お願い」
両腕で凛の肩を引いて、屋上側へ何とか体を押し戻す。コンクリートに勢いよく尻もちをついた凛が、痛みに顔を顰めてから、こちらを見て口をポカンと呆けたように開ける。そーちゃんが呼んだらしき先生や、そーちゃんが駆け寄ってくるのが見えた。
凛の体を全力で押し戻した反動で、わたしの体は半分以上フェンスの外側へ出ていた。反射的にフェンスを掴んだけれど、体が外側へ投げ出された勢いを殺しきれず、手が離れてしまう。まるでドラマのワンシーンみたいに、全てがスローモーションのよう。フェンスが軋む音、誰かの悲鳴、一瞬の浮遊感。
「六花……?」
嘘でしょ、と口を動かし目を見開いた凛と目が合って、わたしの意識がぶつりと切れた。