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閑話 凛の初恋

 幼い頃から、友達を作ったりすることが苦手だった。クラスの子に積極的に話しかけるのも苦手だし、何よりも苦手だったのは男子。うちは女子と友達になりたいのに、なぜか寄ってくるのは男子ばかり。それが原因でクラスの女子からはぶりっ子、男子にちやほやされていい気になってる、とかそういう理由で嫌われた。



 学校へ行くのが嫌になって、毎日泣いていたときもあった。小学校は何とか行ったけど、中学校にあがっていじめが始まってからは、学校をサボって街を出歩くことが増えた。そんな自分も嫌になった時だった、あの人と出会ったのは。



 制服姿で街を彷徨いていると、よくナンパされる。黙ってお札を見せてくる男の人もいた。吐き気がする、男なんて大嫌い。街に出ることが増えれば増えるほど、男嫌いに拍車がかかった。



 その日も、いつものように制服姿で街を彷徨いていた。制服姿だから目立つのだろう、変なやつに目を付けられるのだろうと思って、途中で着替えようと着替えを持ってどこか着替えられるところを探していた時。



「ねぇ君、可愛いね~。俺達と遊ばうよ」



 五人ほどの男のグループに声を掛けられた。用事があるのでと断ってもしつこく、諦めない。逃げようとしたら、肩に手をかけられる。小さく悲鳴を上げた瞬間、肩に手をかけていた男の手をひねりあげた高校生ぐらいのお兄さんが立っていた。



 ニコニコと人の良い笑顔で、だけど有無を言わさない声で、ナンパ男を追い払ってくれた。有り体に言ってしまえば、一目惚れと言うものだった。近くのカフェで休まないかと誘われたのを、ナンパではなく親切だと感じられたのは、いつぶりか。



「駄目じゃないか、制服姿なんて目立つ格好で街を彷徨くなんて……危ない目に合うところだったんだよ」



 その人は、犬飼と名乗った。下の名前は好きじゃないからと、教えてくれなかった。初めて会ったうちのために、真剣に怒ってくれた。最寄り駅まで送ってもらって、別れが惜しいと思えるほど、会ったその日に好きになっていた。とは言え、ナンパされたところを助けてくれた犬飼さんに、うちが連絡先を聞くのもどうかと思ったから聞けなかった。



 当時家の雰囲気は最悪だった。うちが学校をサボって、街を出歩いていることがバレた日は殴られた上に家を追い出された。近くの公園のベンチで腰掛けて泣いていると、犬飼さんが現れて――まるで王子様みたいに見えたのは、心の中に仕舞っている。



 その日から、犬飼さんと連絡をとるようになった。少しずつ、学校にも行くようになった。ずっと想い続けている人。大げさかもしれないけど、この世で一番うちが信頼出来る、大好きな人。



 犬飼さんと出会ってから、あれほど嫌いだった男の人とも話せる様になったし、自分から積極的にクラスの子に話しかけられるようになった。でも、やっぱりどこか学校という場所が苦手ではあった。そのことを犬飼さんに相談すると、通信制の高校を勧めてくれた。



「凛ちゃんには、通信制の方が合ってるかもね。あくまで僕の勧めだけど」

「いえ、ありがたいです。普通の高校に通っても、ちゃんと行けるか不安だったので……」



 犬飼さんが取り寄せてくれた資料や、自分でも取り寄せてみた資料を見てよく考えて、いくつか見学にも行った。その中で一番自分に合う、と思った高校に決めた。高校生になるに向けて髪の毛も伸ばしたし、メイクも覚えた。ファッション雑誌を買うなんて初めてで、ドキドキした。



 高校生になったら……もう少し、犬飼さんに近付きたい。下の名前、あまり好きじゃないと言っていたけど知りたいし、思えばもうすぐ知り合って二年経とうとしているのに、好きな人のことを知らないことの方が多い。



 もっと知りたい。もっと見てほしい。うちは、犬飼さんに頼ってばかりで犬飼さんのことをほとんど知らないから。いつも穏やかな笑顔で、怒ったところは初めて会った時以外見たことが無い。色んなことを知ってる、年齢不詳の不思議な人。



 高校生になってから、やっぱり自分には全日制より通信制が合っているなぁと思った。一人だけ、クラスに変わった子がいる。失礼だけど、見た目は完全に小学生で、弱々しく見えるのに実は気が強くてよく笑う明るい子。不思議な子で、いつの間にか友達になっていた。



「六花は……優しいよね」

「何、突然。熱でもあるの?」

「ううん、六花みたいな子なら――いや、何でもない」

「意味わかんない」



 よく分からない、と不満気な顔で不貞腐れる六花を見て、小さく笑みがこぼれる。うちは、男子からガードが固いとかよく言われる。それに比べて、六花は隙だらけ。でも、不思議なのよね、六花は一緒にいるだけで穏やかな気持ちになれる。それはとても心地よくて、六花みたいな子なら犬飼さんも心を許すのではとふと思ってしまった。



 少なからず、六花に惹かれてる男子もいるんじゃないかと思ってる。後から知ったことだけど、六花は二年生の喧嘩強くて(悪い意味で)有名な目車先輩の幼馴染らしい。あの野犬のような先輩が睨みをきかせていたら、道理で六花に告白する男子がいないわけだと納得。



 ひょんなことから、うちと犬飼さん、六花と目車先輩の四人で遊園地に行くことになった。六花は絶叫マシンがダメだったみたいで、嬉しい? 誤算で犬飼さんと二人きりで遊園地を回ることが出来た。帰り道、察したのか六花と目車先輩は先に帰ってしまった。他人の恋には敏感なのか……。自分は目車先輩の気持ちに気づかないのに。



 何はともあれ、チャンスなことに違いはない。告白はまだ早いとして、犬飼さんに色々聞ける……かも! 頑張れ、自分! 夕日を背に、伸びた2つの影を見ながら口を開いた。



「あ、の、犬飼さん……」

「どうしたの?」

「ええと、うち、犬飼さんのこと――もっと、知りたいです!」



 しばらく、返事はなかった。恐る恐る顔をあげようとして、頭にぽんと、犬飼さんの手が乗せられる。え――まさかの、頭ポンポンですか!? 予想外の展開にパニックになっていると、両耳を手でそっと押さえられ、犬飼さんが何か言ったのがわかったけど、内容までは聞き取れなかった。



「犬飼、さん――?」

「ごめんね、凛ちゃん。……帰ろうか。送るよ」



 何に対しての謝罪なのか、わからなかった。だけど、謝った時の顔があまりにも切なそうだったから、胸が締め付けられた。犬飼さんには、秘密が沢山ある。うちに話してくれないことも、沢山ある。それでも――犬飼さんが、好きなんです。

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