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35.もやもやと再会

「わぁ、ハートの花火ですよ! 綺麗ですね、犬飼さん」

「そうだね」



 凛と情報屋のやり取りに、慌てたようにそーちゃんの顔が離れていく。わたしの目を見ることなく、背を向ける。無意識に、唇を指でそっと触れる。さっきまで、そーちゃんの唇が触れていた、わたしの唇。そう考えると、じわじわと顔に熱が集まるのを感じた。



 い、いいい、今のは……キスと言うやつでは!? 何で、そーちゃんが? わたしに? キスは、好きな人とするもの。女の子にとっては、大事な一大イベント(?)だよ。なのに――――なのに、何で、だろう。イツキ先輩に迫られたときとは違って、嫌な感じはしない。



 き、キスされたことを考えると顔から火が出そうなぐらい恥ずかしくなってきたけど、恥ずかしいけど――嫌ではない。そーちゃんは、わたしのことが……好き? でも、よくわからない。だって、わたしにとってそーちゃんは友達なんだよ。大事な友達であって、いやいやでもキスされて嫌じゃないってことは、わたしもそーちゃんが好き?



 まず前提として、そーちゃんはどういうつもりで、キスをしたんだろう? 好きだから? 好きって、何? わからなくて、もやもやしている間に花火大会は終わってしまった。凛や真理夏、情報量はわたしとそーちゃんがお互いに視線を合わせようとしないのを、突っ込んでこなかった。



 鋭い三人には、お見通しだったかもしれないけど。慣れない草履で歩き回ったせいか、足が痛くなる。でも、凛と情報量は何かいい感じの雰囲気っぽいから、お邪魔にならないようにそっと二人から離れる。前を歩く真理夏は、楽しそうにそーちゃんと話している。



 胸がチクチクする。真理夏はそーちゃんの従姉妹だから、話しててもおかしくない。なのに、見たくないと思ってしまう。変なの……どうしてだろう? わたしは入院していた頃、足が痛くなって動けなくなったとき、そーちゃんが真っ先に駆けつけてくれた。



 今は――気付かない。楽しそうに、真理夏との話に夢中だ。本当は、足がすごく痛いのに。それ以上に、胸の奥が痛くて仕方がない。無意識に唇を噛み締める。さっきまで、火照ったようにあつかった頬の熱は冷める。もやもやしている間に、横断歩道が点滅していることに気付いて慌てて皆に追い付こうとした瞬間、ぶちっと何かが千切れる音がして前のめりに転ぶ。



 膝を擦りむいたのか、ヒリヒリする。見ると、草履の鼻緒が千切れていた。転んで、地面に座り込むわたしに気付く人は、いない。車が行き交う交差点。皆はもう行ってしまったようで、色んな感情がぐちゃぐちゃに入り混ざって視界がぼやける。



 地面に斑点が出来て、虚しくなる。あの時みたいに、そーちゃんの馬鹿、と言えばいいのかな。そうしたら、また駆けつけてくれるのかな。考えがぐるぐる頭の中で回って、呼吸が上手く出来なくなる。苦しくて、このまま死んじゃうのかなって思った。



「大丈夫!?」



 浮遊感と、履いていた草履が脱げて落ちる音。横断歩道の真ん前でしゃがみこんでいたわたしを、抱き上げて端の方へ。呼吸は苦しいままだけど、声をかけてくれた人が背中をさすってくれて、段々落ち着いて息が出来るようになった。背中をさすり続けてくれた人は、わたしが普通に呼吸出来るようになると、立ち上がってその場から立ち去ろうとしたので、袖を掴む。



「すみま、せん。草履が……」



 かろうじで絞り出した言葉に、躊躇うようにその人はわたしを見た。その目を、見たことがあるような気がしたけど、暗くてよくわからなかった。鼻緒の千切れた草履を見て、立ち去ることを諦めたのか背を向けて屈む。乗れ、と言うことで合ってるのかな? 力が入りにくい体でふらふらとその人の背中に体を預ける。



 近くの公園まで運んでくれた。ベンチに腰掛ける。目深に被ったキャップとマスクで、顔が分かりづらい。これでこの人がとっても悪い人だったらどうしようと思ったけど、見ず知らずの子供を背負って公園まで運んでくれたから、きっといい人だと思う。多分。



「ありがとう、ございました。ここで友達を待つことにします。あの、お礼がしたいので、よかったら名前とか……」

「いや、いい。君の、友達が来るまでで」



 マスクをしているから、声がくぐもっているけど、声に、聞き覚えがあった。この声は――――イツキ先輩だ。視線をさ迷わせ、落ち着きなくうろうろしている姿に、わたしまで落ち着きがなくなってくる。梅雨の時期、監禁されそうになったことを思い出す。



 恐怖感はまだ、少しある。でもそれ以上に、イツキ先輩が何を思って、あんなことをしたのか……気になっていた。聞けるチャンスかも、しれない。幸い? いや、多分気を使ってくれて、人が多い公園を選んで運んでくれたからいざとなったら悲鳴を出す。よし。



 あのあと、イツキ先輩が学校を辞めたって聞いて、すごく驚きました。どうしてわたしを監禁しようとしたんですか? 学校を辞めてから、今は何をしてるんですか。聞きたいことがありすぎて、何を言ったらいいのか、わからない。とりあえず、真理夏に送りかけたメッセージを消去する。



「あの」

「何」

「――イツキ先輩、ですよね」

「……」

「どうして――」

「母さんの、墓参りの……帰り道だったんだ。過呼吸起こしてるから、声をかけたら六花ちゃんだった。偶然だよ」



 言葉を遮るように、弁解するけど、視線は相変わらず落ち着きがない。もしかしたら、屋台での騒動とかも見ていたのかもしれない。諸々突っ込みたいことは一先ず置いておこう。わたしは、イツキ先輩の顔を真っ直ぐ見る。



「どうしてあんなこと、したんですか?」

「ただの人助けだよ?」

「違います。六月のことですよ。わたしには、最後までイツキ先輩の思いが、わからなかった。どうしたら良かったのか、わからなかった、んです……」



 言葉尻が小さくなるのを感じながら、それでも視線を逸らしたりはしない。イツキ先輩が、ようやくわたしと目を合わせてくれる。その目は、悲しそうにも見えたし、怒っているようにも見えた。息を吐き出して二人分ほど間を開けてベンチに腰掛ける。



 夏のぬるい夜風が、わたしの黒髪を揺らす。ベンチの端と端に腰掛けて会話をするわたしとイツキ先輩の姿は、周りからどう見えたのか。空を仰いで、以前学校をサボって神社の石段に腰掛けていたときみたいに、ポツリポツリとイツキ先輩が話し出す。



「俺さ、母さんのこと、大好きだったんだ。でも、母さんは死んで……それまで母さんのことなんか、一切考えてないような屑親父のとこに引き取られた。グレたよ」



 ははは、と力なく笑う。今にも泣きそうな声なのに、いっそのこと泣いてしまった方が楽になるかもしれないのに、それでも泣かないのはイツキ先輩の中にプライドがあるからか。わたしは、前と同じように黙って話を聞く。

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