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34.夏祭り

 夏と言えば、お祭り。盆踊りに屋台の食べ物、そしてメインは打ち上げ花火。夜空に咲く花は、とても綺麗だと思う。人混みが嫌いなわたしのために、そーちゃんが穴場を探してくれたらしいので、わたしを合わせて5人で花火大会へ行くことになった。真理夏に帯を締められながら、「な、中身が出るっ」と喚いたら華麗にスルーされた。悲しい。



 ちなみにメンバーは、わたしとそーちゃん、真理夏に凜と情報屋。女子陣は唯一着付けの出来る真理夏に、浴衣を着せてもらっている。すでに着付けが終わっている凜と真理夏は、美しすぎてとても眩しい。特に、凜は浴衣姿で姿見の前に立ち、頬を染めながら「犬飼さん、どう思うかな」と心配してるところが超可愛い。



 夏休みに入ってから今日まで予定が合わず、中々会えなかった凜は髪の色が金に近い茶色からダークブラウンぐらい暗くなっていて、長さも鎖骨のあたりまでと短く、ストパか縮毛矯正したのか髪は真っ直ぐ。



 話を聞くと、この日のために美容室へ行ってきたらしい。じゅ、準備万端だね……。しばらく美容室行っていないし、真っ黒な髪は腰のあたりまで伸び伸び。トリートメントしているけど、毛先とかは痛んでそうだし。わたしもそろろろ美容室行こうかなー。



「んー、こりゃバスタオル巻いた方がいいかも。あたしも失敗したわ、子供用の浴衣持ってきた方が早かった」

「ひ、酷いっ。わたしが幼児体型気にしてるの知ってるのに!」

「うっさい。大体、何でこの浴衣じゃないと嫌なの?」

「だって……。真理夏がくれたネックレスのモチーフと、この浴衣の柄が似ているから」



 首元で揺れるモチーフに視線を落として抗議すると、真理夏が顔を両手で覆っていた。「何よこの可愛い生き物……」とくぐもった声で言っているのが聞こえた。隣では、凜が微笑ましそうに見ている。と、とにかく早く着付けてもらわないと、花火大会に間に合わないのだ。



 何とか真理夏の腕によって、着付けが終わったのでお礼を言って姿見の前でくるくると回る。ふふふ、可愛い。浴衣着る機会なんてなかったから、すごく新鮮な気分。……そーちゃん、どう思うかな。恋する乙女、凜じゃないけど、何となく最初に浮かんだのがそーちゃんの顔だった。可愛いって言ってくれるかな? と考えたけどそーちゃんは強面な見た目に反してとっても照れ屋さんなので言わないかな。待ち会わせ場所に行くと、男性陣が待っていた。



 二人とも浴衣を着ている。そーちゃんは強面イケメンだからよく似合っているし、情報屋も可愛い高校生って感じでよく似合ってるんじゃないかな。情報屋の浴衣姿に興味はないので、感想も適当なものになる。しかし、凜は真っ赤な顔で小さく「カッコいい……!」と呟いていたのを、わたしは聞き逃さなかった。



 恋をすると女は綺麗になる、というらしいけど、凛は元から綺麗だからなぁ。わたしには情報屋を見ても、カッコいいとか微塵も思えないけど、そーちゃんは純粋にカッコいいと思う。今日はオールバックじゃなくて、髪を下ろしている姿が何とも色っぽいというか……。情報屋はどちらかと言うと、女顔だしね。



「お待たせ」



 メンバーが揃ったところで、お祭りの会場へ移動する。浴衣姿をさりげなくアピールしてみたけど、そーちゃんからの「可愛い」はなかった。ちょっとだけガッカリしていて、真理夏に嫉妬したのはわたしの中だけの秘密。だって、真理夏には「似合ってる」って言っていたの、聞いてたもん……。確かに真理夏は美人だし、浴衣姿も素敵で、そーちゃんも従姉妹相手なら言いやすいんだろうって思ったけど。



 何となく、胸にもやもやしたスッキリしない気持ちを抱えながらも、会場に着く。地元のちんまりとしたお祭りとは違って、とにかく人が多い。あまりの多さに目を回しそうになる。見渡してみると、浴衣姿の人も結構いて、夏だなぁと感じる。カップルできている人、友達同士できている人など色んな人がいる。



 胸に抱えたもやもやを誤魔化すように、屋台を見て回った。初めて食べたフルーツ飴は甘くて美味しかったし、たこ焼きは熱々すぎて舌を火傷するかと思った。ラムネを飲もうと誘ったら、凛と真理夏は炭酸が苦手とのこと。男二人は甘いからいいと断られ、結局一人でちびちび飲むことになった。



 寂しくラムネを飲んでいると、男二人が少し離れたところを見計らったかのように、凛と真理夏をナンパする野郎が現れた。わたしの姿なんて目に入ってないみたいで、ぶつかっても謝りもしなかった。ぶつかられた拍子に持っていたラムネを落としてしまい、無惨に中身が地面にぶちまけられ、わたしはキレた。



「いいっ加減にしなよ! いくら浴衣美女二人がいるからって、人にぶつかって謝りもしないで、ナンパするような野郎にわたしの友達はついていかせないし、二度と近付くな!」

「何だよ、このガキ……」

「うるせー、ガキはあっちいってろ!」



 暗がりで分かりづらかったけど、ナンパ野郎はうっすら顔が赤く、酔っぱらっていると理解した。一人がわたしに向かって拳を振り上げたところで、殴られると思い目をつむる。けれど、いつまで経っても衝撃はやってこない。恐る恐る目を開けると、木櫻さんの姿が。わたしに向かって振り上げられた拳を片手でひねり、酔っぱらっている男を地面に押さえ付けていた。



 木櫻さんは、前見たときよりだいぶラフな格好だ。半袖のTシャツにジーパン。なのに、迫力が増しているというか、わたし達には穏やかな笑顔を見せるのに押さえ付けている男を見る目はとても冷たい。真理夏にスマホを渡してすぐにそーちゃんに電話をかけるように伝える。凛は驚いて固まっているし、わたしは今さら殴られそうだったことへの恐怖がわいてきて体が小刻みに震える。



 周りの人達は、ちょっとした騒ぎが起きただろう、ぐらいしか思っていないのか避けて横を通り過ぎていく。すぐにそーちゃんと情報屋が戻ってきた。二人はしつこい逆ナンに捕まっていたらしい。そーちゃんの目つきの鋭さは、暗がりではあまり威力を発揮しないようである。情報屋は基本フェミニスト(を、装っている)だから、囲まれた状況で強引に戻ってくるのが難しかったんだろう。



 木櫻さんが地面に押さえ付けていた男を気絶させ(どうやったのかは知りたくない)そのまま持ち帰っていった。彼らがどうなるのか、想像もしたくないので早く忘れよう。そうしよう。戻ってきてすぐに、そーちゃんと情報屋に滅茶苦茶謝られた。現場を見ていた真理夏と凛にはすごく心配されたけど、まだ震える体を隠すためにあえてはしゃいで見せた。



「花火! 打ち上げ花火が見たいなぁ! わたし、スッゴく楽しみにしてきたんだよね」



 そう言って笑えば、皆心配そうにしながらも打ち上げ花火の絶景穴場スポットへ移動することに。移動中、どんどん人混みから離れていき、やがて虫の鳴き声や風で木々が揺れる音だけが街灯の少ない夜道で聞こえる。足元も見づらい場所で、皆より遅れるわたしに、顔を背けながら黙ってそーちゃんが手を引いてくれた。



 まだ震えが治まらない手を指摘されるかと思ったら、安心させるようにぎゅっと大きく温かい手で優しく握ってくれた。そーちゃんの優しいところは、本当に変わらない。手を握ってもらっている間だけ、ぽかぽかと胸の奥が温かくなって安心できる。



「ついた」



 そーちゃんの声に顔をあげると同時に、夜空に大きな花が咲くのが視界いっぱいに広がる。するりと握られていた手が、温もりが、離れていくのが嫌でーー無意識に手を握っていた。自分でも何をしているのかわからず、気付いて離そうとしたら握り返され、軽く引き寄せられる。



「えっ――?」



 夜の空に大輪が咲き、唇が重なる感触。照らされた顔は、そーちゃんの顔。

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