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33.プール

 女子更衣室には、若いおねーさんが沢山いて、友達同士で来ているのかはしゃぎながら水着に着替えていた。わたしは、自分の幼児体型を見下ろしながら、こっそりとため息をついた。



 おねーさん達の胸元に密かに視線を送る。……おっきい。ウエストも細く、くびれがあって腰回りにも程よくお肉があってセクシーだ。大事なことなので二度言う、セクシーなのである。



 おねーさん達と同じぐらいに更衣室から出ると、そーちゃんが少し離れていたところで待っているのが見えた。駆け寄ろうとして、おねーさん達が「カッコいいー! 声かけてみる?」と話すのが聞こえた。



 確かに、そーちゃんはカッコいい。イケメンだ。引き締まった体に、水に濡れた髪を手でかき上げる仕草は様になっている。おねーさん達が声をかけるより先に、わたしは早足でそーちゃんの元へ行く。



 近付いてきたわたしに気付いてこちらを見たそーちゃんは、顔を真っ赤にしてさっと素早く背けた。え!? 何で? ま、まさかロリコンに間違われたくないからとか、もしくは……チラリ、とわたしの後ろからそーちゃんを見てきゃあきゃあ言っているおねーさん達の水着姿を見やる。……谷間だ、わたしには存在しない谷間がそこにはあった。



 そ、そーちゃんのムッツリスケベ! と言ってやろうかと思ったところで、布か何かが頭の上に降ってきた。前が見えなくなって、よろけていると顔を真っ赤にしたままそーちゃんが自分の来ていたパーカーをわたしに被せる。



「ひっ、日焼けするから着とけ」



 上ずった声に、真っ赤な顔に、水着を買いに行ったときに言われた真理夏の言葉がよみがえる。「そうのこと、どう思ってる?」……恋愛とか、よくわからない。わからないけど、これだけはわかるよ。今の出来事に体して、思わず顔がにやけてしまうぐらいは、そーちゃんのこと――意識してるんだなって。



「ありがとう」



 にへにへと、自分でも気持ち悪いなってぐらい笑いながらお礼を言って着たのはいいけど、そーちゃんのパーカーがわたしに大きすぎるのは当たり前の話だった。袖から手は出ないし、もはやワンピースみたいになってる。



 これでは、せっかく真理夏と一緒に選んで買った水着が見えない! せめて、前は開けておこう。その後、おねーさん達の一人がそーちゃんに声をかけてきたけど、いつもより二割増しぐらいの睨みで追い払っていた。



 そうだった。わたしや真理夏はすっかり見慣れているけど、そーちゃんの目つきはとっても悪いのです。しかも、今日は頬の辺りがピクピクしていて目つきの悪さに加えて凶悪面になってる。でも、まだ赤い耳を見るとそーちゃんもわたしのこと意識してくれているのかな、なんて思ってしまって。



 ……ダメだ、さっきから気持ち悪いほどにやけているのに、これ以上口元が緩んでいたら変な人になってしまう! 引き締まれ、わたしの口元よ。お互い無言で歩き、無料で貸し出している浮き輪を片手に何とか話題を出そうと考えている間に、流れるプールに着いてしまった。



「ぷ、プール、そー……や、君とは久しぶりですね」



 だから何で敬語なの、わたし! 大勢の前でちゃん付けするのもどうかと思い、迷いに迷って君と呼んだけど、ここは先輩呼びするべきだっただろうか。一応、そーちゃんのほうが学年は一つ上なのだし。でも、先輩呼びはどこか他人行儀な気もして、君呼びに落ち着いたわけだけど。



 突然の敬語に変な顔をするかと思ったら、流れるプールで一緒に漂いながら、ポツリと呟いた。小さく呟いたその声は、周りの声にかき消されてしまったので聞き返すと、ふてくされたような目と目が合った。



「いつも通りの呼び方でいい」

「で、でも……」

「俺がいいって言ってるから、いいんだよ」



 照れ隠しなのか、ちょっと上がるわと言って流れるプールから上がっていったそーちゃんを見送る。しばらくして、違和感に気付く。……なんか、浮き輪のハリが心なしかなくなってきているような。え、というか縮んでる? 気のせい? いやいやいや、気のせいじゃない! 



 みるみるうちに萎んでいく浮き輪に、プチパニックを起こしたわたしは、何とか浮こうと無意識にもがく。――人間は顔を上に向けて、流れに身を任せていれば自然と浮けるのだと知ってはいたけど、パニックを起こした人間にそんなことを考える余裕などあるはずもなく。



 もがけばもがくほど、体が沈んでいく。足がつかない、捕まる場所がない、息が苦しい。周囲の人が溺れているわたしに気付いたのか、騒ぐ声がくぐもって聞こえる。必死で手を伸ばす。誰か、助けて。そー、ちゃ……。



「六花!」



 ハッキリと耳に入った声と共に、伸ばした手をしっかりと掴まれプールから引き上げられる。わたしを抱き上げたそーちゃんの泣きそうな顔を見て、小学生の時の事故の際、意識を失う直前に見た小学生のそーちゃんとだぶって見えた。



 大事をとって、寝かせてもらうことになった。ちょっと溺れただけだから、大丈夫と伝えてもそーちゃんが頑として譲らなかったのである。まぁ、わたし自身もそーちゃんにあんな顔をさせてしまったので、反省して大人しく寝ることにした。



 一時間ほど寝たらすっきりしたので、ウォータースライダーとやらに乗りたいと言ったら若干呆れた様子だったけど、ちゃんと着いてきてくれた。初めて間近で見るウォータースライダーは、大きかった。感想が小学生並みの語彙力しかない。



 大きいのを指差したら、お前はあっちだとそーちゃんに小さめのウォータースライダーのほうへ連れていかれた。つ、次来るときこそ……っ。次は泳げるようになってから、来ようと心に誓った。



 浮き輪に乗って、滑るみたい。小さめのほうが、わたしには合っていたようで何回乗っても楽しめた。六回目に突入しかけたところで、いい加減止めとけと言われてしまった。充分楽しめたので、満足。



「楽しかったね!」

「そうだな。俺も……楽しかった」



 表情が和らいだのを見て、行ってよかったなぁと心の底から思った。そして、また一緒に来たいなとも、思った。次行くときまでに、泳げるようになっておこう、うん。

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