32.水着選び
結局、考えに考えた文章は「友達からプールのチケットを譲ってもらったので、都合がよければ一緒に行きませんか」というもの。なぜ敬語になった、わたしよ。……まぁ、よしとしよう。そーちゃんからは即レスきたし。
何でか知らないけど、そーちゃんも敬語だった。……なぜに? 内容はともかく、返事は「オッケー」だったので安心した。この間の言い訳もしなくては。そーちゃんとプール……小学生以来だ。
「そんなわけで、水着を買いにきたわけですが真理夏さん」
「何でさん付け?」
「わたしの胸元の寂しさを知っての店選びかこのやろう」
ぐぎぎ、と店に並んだ水着を睨み付ける。どれもこれも、パット盛り盛りのビキニばかりじゃないか。幼児体型には似合わない! そもそも水着だって小学生のスク水以来着てないのに、いきなりのこれはどうなのよ。
横で真理夏が任せとけと自信たっぷりに言うので、嫌々ながらも店に入る。攻めの姿勢、ビキニばかりかとおもったら、ワンピースタイプもちゃんとあった。
店員さんと何か話をしている真理夏を外に、色んな水着を見て回る。ビキニの中には、ビックリするぐらい布の面積が少なすぎるものもあって誰が着るんだろう……と思わずまじまじと見ていたらスタイル抜群の巨乳なおねーさまが買われていかれた。マジか。
「いい、六花。胸なんてパットでいくらでも盛れるんだから、大丈夫よ!」
何着か水着を持ってきたけど、ワンピースタイプのものだけで安心した。色は明るめのものが多い。赤、黄色、オレンジ……どれも可愛い。いざ試着室で着てみると、確かに若干胸の膨らみが増しているように見える。
鏡に映る自分の水着姿に嬉しくなっていると、突然真理夏が入ってきた。胸元を見られ驚いて固まっていると、真面目な顔のまま小声で「もっといける」と呟いたかと思うと……。そこから先は、恥ずかしくて誰にも言えない。
水着を買ったその足でわたしは真理夏に下着専門店に連れていかれ、正しい下着とは何ぞやを長々と語られた。曰く、自分に合った下着を着けていないと大きさや形、色々大変なことになるからとのこと。
小さいからと適当な物を選んでいたわたしは下着についてメモまで取らされ、喫茶店につく頃にはぐったりしていた。それでもまぁ、パンケーキを食べるとすぐに復活したけど。
「……ねぇ六花。ぶっちゃけ、そうのことどう思ってる?」
「何、唐突に」
切り分けたパンケーキをフォークで刺しながら、真理夏の目を見る。真剣味を帯びた目に、不思議に思う。と、同時に言われたことを頭の中で反芻した。どう思ってる? ……わたしは、そーちゃんのこと友達だと思っている。
――本当に? 本当に、ただの友達だと思ってる? 凛と情報屋、わたしとそーちゃんで行った遊園地。観覧車の中で何か言いかけた言葉を聞かないように無意識に体が動いたのはなぜ?
イツキ先輩の時に助けに来てくれたそーちゃんの言葉に、わたしは本当に何も感じなかった? 友達、そんな言葉で……わたしはずっと自分の気持ちから逃げていたんじゃないのかな。
ぐるぐると思考が回って、うーうー唸りながら考え込むわたしに真理夏が近付いてきたかと思うと、バンバン背中を叩かれた。結構容赦なかった。ぐえ、と乙女らしからぬ声が漏れたところで、何事もなかったように真理夏は向かいの席に座り直した。
「今のナシナシ! 忘れていいから。ダメね~、あたしもまだまだそうに甘いわ!」
あっはっは、と豪快に笑ってパンケーキを食べるのを再開したので、何が何やらさっぱりわからないけどわたしもパンケーキを頬張る。この喫茶店、真理夏のオススメで来たけどパンケーキがふわっふわで本当に美味しい。
わたしが小さいときは、こんなオシャレで美味しいパンケーキなんてなかった。喫茶店と言えばおばあちゃんとよく行っていたけど、小さなわたしが頼むものは決まってクリームソーダで、それだけでお腹一杯になってしまうから食べ物系には興味がなかった。
おばあちゃんは、わたしが長い眠りについている間に亡くなってしまった。アクティブな人で、色んな場所へ連れていってくれたものだ。事故に遭ったわたしが目覚めるのを、家の近くの神社に毎日通ってお祈りしていたそうだ。
なあなあで話が流れてしまったけど、わたしはキチンと、そーちゃんへの気持ちを確認するべきなのかもしれない。……人生いつ、何があってもおかしくないのだから。毎日を後悔せずに生きたい。
後遺症もなく、眠っていただけで普通に目を覚ますことが出来たのは、あの時病院の先生が言っていたように――それこそ奇跡のようなものなのだから。