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30.心優しい友達

 イツキ先輩による監禁未遂事件があってから、学校で姿を見かけることがなくなった。まぁ、しばらくは来ないだろうと思っていたけど……イツキ先輩が学校を辞めたと聞いたのは、事件から一週間が経った頃のこと。



 イツキ先輩と行動を共にしていた女子の先輩が、口にしているのをたまたま聞いた。学校、辞めた……。結局、最後までわたしには詳しいことは知らされないまま。



 あの後、そーちゃんとイツキ先輩がどんな会話を交わしたのかも教えてもらえないし、知る必要はないと言われた。車に押し込まれたときは生きた心地がしなかったし、確かに怖い思いをしたけど、イツキ先輩が何を思ってあんな行動に出たのか、わからないでいる。



 学校でも人気者で、人望のあったイツキ先輩が退学したことは、一日とたたずに学校中の噂になった。中には、顔だけの男とか言って嫌っている人もいたみたいで、少数だけど喜ぶ人もいたそうな。



「……、りーっか!」

「っ! 凛」



 そーちゃんから言われた、「田中のことは忘れろ」という内容が、頭の中で何度も繰り返される。イツキ先輩の噂話で持ちきりの教室にいたくなくて、空き部屋でぼんやりとしていたら凛に声をかけられてハッとする。



 凛は、わたしの隣に腰掛けなぜかその場で両腕を大きく広げた。不思議に思い、キョトンとするとにこりと微笑み、優しい声色でわたしに向けて言った。



「おいで、抱きしめてあげようではないか。……田中先輩の退学、相当ショックだったんでしょ、六花」



 おどけたような言い方だけど、お母さんみたいに優しい声色だ。ビックリして、それからへにゃりと笑う。嫌だな、凛ったら。わたしもうそんな年じゃないし。そう思うのに、目の前がぼやけてくる。



 自然と体が傾き、凛の腕の中に収まる。姉御肌で、普段からとっても頼りになる美人さんな凛の優しさに涙があふれて止まらない。背中を撫でられ、歯を食い縛って嗚咽が漏れないようにする。



 イツキ先輩のこと、わからなかった。あれが正しい方法だなんて、微塵も思わない。でもね、わたしを必死で自分の元に繋ぎ止めようとする気持ちは、痛いほど伝わってきたんだよ。その想いを、感情を、なんと言うのかわたしにはわからなかったけど。



 一緒に学校をサボったあの日行った神社で、イツキ先輩が自分のことを話してくれた。わからないよ、わからないけど、イツキ先輩はお母さんが亡くなってから……ずっと寂しかったんじゃないのかな。



 軽薄に見える言動は、すべて自分が傷つかないためのものだったんじゃないのかな。本当は、きっとすごく繊細で脆かったんじゃないのかな。全部、わたしの勝手な推測に過ぎないけど。



 もし、もしも、わたしがイツキ先輩の想いに応えられたら、こんなことにはなっていなかったんじゃないのかな。普通に学校にきて、楽しくお喋りしてくれたんじゃ――今さら考えても仕方がないのに、色んな思いがごちゃ混ぜになって涙と一緒にあふれ出る。



 イツキ先輩、わたし……一つだけハッキリと言えることがあるんです。わたし、イツキ先輩のこと、嫌いじゃないですよ。でも、想いに応えることは、出来ないんです。なぜなのか、自分でもわからないけれど。



 満足するまで泣いたら、お腹が鳴った。ついでに、滅茶苦茶眠い。本能に忠実すぎる体に困ったものである。泣きまくったから、目が腫れるだろうな。こんな顔では出られないので、凛に濡らしたタオルを持ってきてほしいと頼んだ。



 重たいまぶたを根性でこじ開けて凛を待っていると、誰かが部屋に入ってきた。え、ちょ、困る。こんな顔は流石に見られたくない。なんてタイミングの悪い!



「わ、わたしに近付かないで!」



 思わず、そんな言葉が飛び出てしまったけど、言ってから相手が先輩だったらどうしようと青ざめる。薄暗くてわかりづらかったけど、相手はそーちゃんだった。……いやいや、相手がそーちゃんならなおさらこんな顔は見られたくない。



 ……? 何でわたし今、そーちゃんならなおさら見られたくないって思ったんだろう。自分で自分のことが一瞬わからなくなるけど、とにかく今は一刻も早くそーちゃんを部屋から追い出さねば。



「六花……泣いてた、のか?」

「す、ストップ、しっだうん!」

「……俺は犬じゃないんだが」



 冷静な突っ込みに、パニクっていたわたしも少し落ち着く。顔を隠しながら、一定の距離を保ちつつ今は放っておいてほしいと頼む。パンパンに腫れているであろうまぶたのせいでそーちゃんの顔がよく見えないけど、黙って部屋から出ていったのを見届けて、ホッとする。



 こんな顔、友達とて男子には絶対に見られたくないから、素直に聞いてくれてよかった。しばらく待つと、凛が濡れタオルを持ってきてくれたのでまぶたにあてて休むと、多少腫れが引いた。



 疲れてしまったので、その日は早めに家に帰った。イツキ先輩のことは、もう忘れるほかないだろう。考えても、仕方がないのだから。

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