27.不穏
雨の日が続き、とうとう梅雨入りしたと今朝のニュースで聞いた。湿気でべたつくこの季節は、いかんせん好きになれない。雨の音が好き、とか風情がある、なんて言うけどわたしは理解できない。
まぁ、感じかたは人それぞれだからどうこう言うつもりはないけど。相容れない、とは思う。それにしてもよく降る雨だこと。梅雨が明けたら、あっという間に夏になる。うだるような暑い夏は好きじゃない。
夏は汗をかくし、とにかく暑い。年々暑くなってきてるのは、気のせいてはないと思う。どちらかと言えば、わたしは寒い冬に布団にくるまって寝るのが好きなタイプ。だから、夏好きとも相容れない。
泳げないから海もプールも楽しくないし、せいぜい楽しめるとしてBBQとか。それも、日に焼けると暑いから日陰で黙々と食べていたい派。もう、梅雨と夏は一ヶ月で過ぎたらいいと思う。
一ヶ月ならまだ我慢もできよう。梅雨から微妙に暑いのが続き、夏本番を迎え、さらに残暑まである。どれだけ日本を熱したら気が済むんだ、まったく! 四季なんていいから、着込めば温かく過ごせる程度の季節が一番。
「うわー……よく降るなぁ」
最近映画化したと聞いて、何となく買ってみた本が思いの外面白く夢中になって読んでいたら、いつの間にか教室にはわたししかいなかった。先生が気が付いて、早く帰るように声をかけてくれたけど……遅かった。
雨雲のせいで外は薄暗く、朝湿気でうねる髪と戦っていて遅刻ギリギリで学校にきたから、間抜けなことに傘を持ってくるのをすっかり忘れていた。外はそこまで酷い雨でもないけど、駅までちょっと歩くから、濡れるだろうな。
どうしよう。本当なら、凛から折り畳みの傘を借りる予定だったんだけど……。今朝、傘を忘れたことを何気なく言ったら「うち、普通の傘も持ってるから」と折り畳みの傘を貸してくれると言っていたけど。肝心の凛の姿はない。
なんか昼休みに情報屋こと、犬飼さんと学校帰りに会うとかなんとか話していたような気がする。もしかして、待ち合わせに遅れないように早めに学校を出たのかもしれない。しかし困ったな。学校で傘って借りれたっけ?
小学生の頃の記憶を頼るけど、そもそも小学校と高校じゃ違うか。せっかく買った本が濡れるのも嫌だし。ひとまず、キリのいいところでしおりを挟んで本を閉じる。リュックを背負って教室を出た。
鏡に映るリュックを背負ったわたし。小さくて貧相な体のわたしにこのサイズのリュックは大きすぎる。靴も、未だにマジックテープで止めるタイプだし。足が小さくて、紐靴が見つからなかったのである。おまけに、子供靴だし。
二年生の集団が玄関に向かってきたので、思わず隠れてしまう。二年生にはそーちゃんやイツキ先輩がいるとは言え、未だに年上への苦手意識は抜けない。隠れてやりすごそうと思っていたら、肩を叩かれる。
「頭隠して何とか隠さず――だよ、六花ちゃん」
笑いながら声をかけてくれたのは、イツキ先輩。見知った顔に、ほっと安堵する。だけど、後ろから覗いてくる二年生の集団の視線が、ちょっと怖い。どうやら、わたしの体には大きすぎるリュックが、はみ出て見えていたみたい。
視線が怖かったので、咄嗟に「何でもないです、大丈夫ですから!」とだけ言い残してその場から大慌てで走り去る。廊下の端っこまできて、息を整えていると向かい側からそーちゃんが歩いてくるのが見えてなぜか反射的に逃げてしまう。
……? 何だろう、遊園地に行ってからというもの、そーちゃんの顔が正面から見られない。よくわからないけど、小学生のときみたいな怖さを感じて避けているわけじゃないのは、わかる。
結局、イツキ先輩とそーちゃんを避けつつ先生から傘を借りて、帰ることにした。ビニール傘だから、雨粒が当たるのが見える。懐かしいな……小さい頃は、なぜか傘をひっくり返して雨をためて遊んだりとかしていたし、傘を持っているのにわざわざ雨に打たれて帰ってはお母さんに叱られた。
雨が降ると、不思議と打たれたくなっちゃうんだよね。雨上がりの田んぼに、興味本意で足を突っ込んだらぬかるんでいて、足が抜けなくなって大変な目に合ったこともある。今、教科書や本が入ったリュックがなかったら、多分嬉々として雨に濡れていると思う。この間雨に濡れて風邪を引いたばかりだと言うのにね。
電車の中、次のバイトの日を確認する。二回目は風邪で出られなかったから、三回目は張り切っていこう! よーし、と自分に気合いを入れたところで電車からおりる。
歩いていると、人気の少ない路地裏になぜか真理夏の姿を見付けた。近くには、フルスモークの車が停めてある。何で、わたしの家の近くに? 何か用事でもあったのかな。それにしては、そばにいるかにもな雰囲気の男の人たちが怪しい。どことなく怯えた様子にも見え、何となく嫌な感じがして駆け寄って声をかけた。
「真理夏! どうしたの?」
「あっ……。ごめ、ごめん。ごめんなさい!」
「え――」
わたしの姿を見るなり、青ざめ泣きながら謝り続ける。真理夏、と声をかけようと近付いたところで、男の人が一人ずいっと顔を寄せる。何、この人――? 訝しむように眉を寄せると囁くように恐ろしい言葉を口にした。
「ご両親や友人の安全を願うなら、大人しく着いてきて頂きたい」
ぞわり、と全身に鳥肌が立って身動きか取れなくなる。真理夏も、脅されたんだ。ひゅっと息を飲む。冷や汗が流れ、血の気か引くのがわかる。鼓動が早くなって、唇が小刻みに震える。
男たちは、わたしの反応を確かめるように見て、泣いて謝り続ける真理夏を強引に車へ押し込んだ。小さな真理夏の悲鳴が少しだけ意識を現実に引き戻す。それでも頭の中を、ぐるぐると思考が回るけどそんなのお構いなしに、強く腕を捕まれわたしも車へ押し込まれた。
わたしが差していたビニール傘も畳んで車の中に乱暴に放り込まれ、その音にビクリと肩を跳ねさせる。怯えるわたしと真理夏を乗せた車は、静かに走り出した。