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閑話 昔の記憶

「見てぇ、そーちゃん! どしゃ降り!」

「何で嬉しそうなんだ。傘、ささないのか」



 朝、家を出る時にお母さんから雨が降るからと渡された傘とランドセルをそーちゃんに押し付け、わたしは全身ずぶ濡れになって雨に当たる。大きな水たまりにジャンプしてみたり、傘をひっくり返して雨水を溜めてみたりと遊ぶ。夏の雨は、生ぬるくて湿気くさい。それでも、何となく好きだ。



 雨は痛いぐらいわたしの体を濡らすけど、その感触もまた楽しい。えへへー、とにへにへだらしなく笑いながら、どしゃ降りの中傘をさしているそーちゃんと並んで歩く。通りすがりの人にはすぶ濡れのわたしにビックリしたり、あらあらなんて言いながら微笑ましそうに見たりする。



 好奇心がとってもおーせいなわたしは、田植えの時期以外はからからの乾いた土の田んぼを見つけ、そーちゃんを引きずるように連れていく。ひっくり返したままの傘をそーちゃんに渡して、辺りを見渡し大人がいないのをよく確認したあと、田んぼに片足を突っ込んだ。



「え、ちょ、やばい!」

「六花!?」



 田んぼの土は、思った以上にぬかるんでいて、わたしの小さな靴があっという間にずぶずぶと飲み込まれていく。思わずそばに立っていたそーちゃんにしがみつくと、そのまま引きずり込んでしまった。ふたり揃って、見事に泥まみれ。



 べちゃべちゃして気持ち悪いし、何とか田んぼから抜け出そうともがけばもがく程転んで泥んこになる。そーちゃんは諦めたのか呆れたのか、泥まみれでため息をついている。ふたりで何とかぬかるんだ田んぼから抜け出して、お店のガラスに映った自分の顔に大笑い。



 一人であっはっはとお腹を抱えてひぃひぃ笑い転げる。雨で顔の泥は殆ど落ちたけど、服や靴、ランドセルはぐちゃぐちゃ。巻き込んだそーちゃんに悪いことしたなーと思いながらも、馬鹿なことをしたわたしに怒らず付き合ってくれるそーちゃんも、こっそり笑っていたのを見たから、まぁいっかぁと思う。



 そして、帰ったわたしは泥んこ姿をお母さんに見られ、滅茶苦茶叱られた。二度と田んぼには足を突っ込むまいと決めた日になった。おまけに、その後どしゃ降りの雨に打たれたせいもあって、わたしは風邪を引いてしまった。



「まったくもう、馬鹿なことするから」

「ええ……。熱出した娘にまで小言ー?」

「それだけ言えるなら、元気な方じゃない――あら、お客さん?」



 家のインターホンが鳴ったおかげで、お母さんのお小言から逃れられた。それにしても、誰だろう。お母さんのお客さんかなー、と思っていると、部屋に入ってきたのはそーちゃんだった。ランドセルを背負っているから、学校の帰りにそのまま寄ってくれたのかな。



 なぜか申し訳なさそうな顔をしているそーちゃんに不思議に思いながらも、起き上がる。慌てたように、そーちゃんがランドセルの中身をガチャガチャ鳴らして駆け寄る。その顔は、やっばりどこかしゅんとしている。



「そーちゃん! どうしたの、お見舞いに来てくれたの?」



 からかうように、にへへと笑いながら言うと、黙って頷いた。普段との態度の差にビックリ。普段のそーちゃんなら、雨に自分から打たれて風邪引くような馬鹿なわたしを呆れたような目で見ると思っていたから。何でしょぼーんってしてるんだろう。



「まさか風邪引くとは思わなくて……」



 その後に、ぼそぼそと「馬鹿は風邪引かないって聞いたから」と付け足したのを聞いてしまったので、お見舞いに来てくれてうれしいけどとりあえず一発そーちゃん殴っていいかな。笑顔が思わず引き攣る。



 お母さんは心配そうな、何でか少し嫌そうな顔でマスクを持ってきてわたしに付けるように言ってから、部屋を出て行った。そーちゃんはしょんぼりマンだし、わたしはいつまでも起き上がってるのもだるいから、横になる。



 お母さんが持って来てくれたおかゆがテーブルの上に置いてあるのを見つけたそーちゃんが、これだ! と言いたげな顔でおかゆに飛びつく。お腹空いたのかな? でもそれ、わたしの食べかけなんだけどなー。まぁいっかぁ。



「六花! はい、あーん」

「え」



 まさかまさかの行動だった。なんてこったい、あのそーちゃんがこんな行動に出るなんて、わたしの風邪引き姿はそんなに珍しいものなのか。ビックリしながらも、起き上がっておずおずと口を開ける。



 とろりとした温かい卵がゆの優しい味が、口の中にふんわりと広がる。おかゆは美味しい、でも、何でだろう……。さっきよりも熱が上がったような気がしてならない。むず痒いような、不思議な感じ。お母さんにあーんしてもらったときは、こんな風にならなかったのに。



 そーちゃんは、もぐもぐしてるわたしを見て、満足そうにしている。既に次のおかゆがスプーンに乗せられ、スタンバイしているのを見ては、あーんを拒否するなんて出来っこない。ただでさえ、普段のそーちゃんらしからぬしょんぼりマンなのに。



 二口目のあーんは、もはやおかゆの味がよくわからないぐらい。もぐもぐして、またあーんの繰り返し。おかゆが空になる頃には、ぐったり。その後、お母さんが持ってきてくれたデザートの冷たいプリンもあーんさせられる羽目になるとは……あーん地獄。なんて恐ろしい。



「そーちゃんそーちゃん。今日は、ありがとね!」



 にへへといつものだらしない笑顔で見送ると、そーちゃんはしょんぼりマンから少し復活したのか、帰り際に手をぶんぶん振ってくれた。明日はきっと槍が降るなーと冗談で思っていたら、そーちゃんが部屋を出ていく前にわたしに向かって一言。



「あ、明日は学校、来いよ」

「うん、行く!」



 翌日、槍が降るなんてことは当然なく、そーちゃんのあーん地獄? 看病? のおかげで風邪が治ったわたしはそーちゃんと一緒に学校へ向かうことになる。

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