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彼とわたしの風変わりな日常  作者: 赤オニ
これからの時間
3/50

2.失った六年間、取り戻して見せます

 目を覚ましてから数週間経って、少しずつ口から食事を取るようになったし、水分も取れるようになった。水分を取ると、声も出るようになった。体を動かすリハビリも始めたし、回復してきたんだと思う。それでも、ため息をつかずにはいられない。



 相変わらず、お見舞いに来てくれるのはお母さんと彼ぐらいなもの。お父さんは仕事が休みの日にたまに来る程度。未だに自分が十五歳だという事実を受け入れることが、出来ずにいる。



 鏡を見せてもらったけど、頬が酷く痩せこけていたほうにショックを受けて、あまり顔の印象が頭に残らなかった。女の子として、あの顔はいかんと思う。幽霊みたいで、可愛くない。人って、やっぱり食べないとダメなんだなぁとしみじみと感じた。



 でも、伸び放題の髪の毛が、長い間わたしが眠っていたことを示す。髪の毛は痛みまくっていて、栄養がまともに取れていなかったことがわかる。体を起こせるようになってから、髪の毛は切ってもらった。腰よりも長かっただろう髪の毛は、半分以上が痛んでいたから痛んでいる部分をバッサリ。



 あまり長い時間は起きていられないから、切るときだけ起きて、洗うのは寝ながら。寝ながらシャンブーとか出来るんだ……とか無駄なところに感動していたのはここだけの秘密。髪の毛を切って、シャンブーしてもらったら髪は綺麗になった。髪は女の命とも言うし、綺麗に保ちたいよね。



 病院食は美味しくないって聞くけど、そもそもわたしの食事はお粥に柔らかいおかずだから美味しいも美味しくないも何もなかった。お粥は味がついていないから、美味しくないけど。


 

 リハビリは、すごくキツい。筋肉が弱り思うように上手く動かなくて、もどかしい。まさか、健康児そのものだった自分が車椅子に乗るとは思ってもなかったよね。まだ漕げる力がないから押してもらっているけど、力がついてきたら自分で漕ぐみたい。



「ふぅ……」



 リハビリを終え、汗をかいて病室に戻る。最近は自分で車椅子を濃いで戻るから、疲れる。筋力も取り戻してきたし、リハビリの先生も「若さっていいね~!」なんて言われるぐらい回復のスピードが早いみたい。



 この調子で行けば、半年ぐらいで退院できるだろうとのこと。半年……長いようで、わたしが眠り続けていた期間に比べたらずいぶんと短い。食事も普通食に戻ったし、普通食ならこの病院の食事は美味しかった。看護師さんから、誤嚥しないようしっかり噛んで飲み込むよう、口を酸っぱくして聞かされている。



 それにしても、と病室を見渡す。個室にしては豪華すぎるこの部屋、一日いくらかかるんだろう。下世話なことを考えながらも、真剣に我が家はそんなにお金持ちではなかったはずだと振り返る。子供がわたし一人とは言え、お母さんはパートだしお父さんは普通のサラリーマンだし。



 お昼ご飯を食べながら考えていると、扉がノックされる。口の中にまだ食べ物が残っていたので、しっかりと飲み込んでから「どうぞー」と入室を許可した。お母さんは、わたしの体調が良くなってきたことに安心して、パートに戻った。



 だから、真っ昼間にわたしのお見舞いに来る相手と言ったら、一人しかいない。わたしを置いて成長した、彼だ。小学生の頃から目つき鋭いし強面だったけど、今はプラスイケメン度が加わっている。相変わらず高校の制服を着崩している。



 強面イケメンの彼は、お見舞いに来る度に何かしら持ってくる。それは高そうな指輪だったり、ブランドもののバッグだったり。どれも実用性に欠けるし、興味もないから全部いらないと突っぱねると、悲しそうな顔をするから仕方なく「実用性があって、尚且つ高くないもの」と条件を決めたら頭を悩ましているようだ。



「六花、今日は……天気がいい。良かったら、外へ出ないか」

「お昼食べ終わったらね」



 そう答えると、パァっと明るい顔になる彼を見て、わかりやすいなぁと眺める。最初のうちは断り続けていた彼の誘い。流石に、断る度に酷く落ち込んで帰っていく姿を見るのは良心がとても痛むので、十回誘われたら三回ぐらいは受けるようにした。



 ご飯のお盆を片付けて、車椅子に乗って移動する。漕ぐのは、中々力がいるから地味に大変。中には、車椅子を真っ直ぐ漕げない人もいるみたいで、そういう人は看護師さんに押してもらっているけど、わたしは真っ直ぐ漕げるから一人で動く。



 でも、今は彼に押してもらっている。病院の中は、点滴を付けたままゆっくりと歩く人や、車椅子を看護師に押してもらって談笑しているおばあちゃんなんかがいる。



 外へ出ると、天気がよくて心地いい。車椅子を置いて、持ってきた杖を握り立ち上がる。ふらつくけど、歩けないこともない。一歩一歩、ゆっくりと進む。杖に体重をかけすぎないように、足で踏ん張って歩く。



 彼がお見舞いに来る時間は、リハビリの自習の時間でもある。平坦な道を歩く練習、坂道を歩く練習、階段を上り下りする練習と、色々やる。彼はすぐそばにいて、わたしが転びそうになるとすくに支えてくれる。



 自習リハビリが終わると、汗のせいで風が冷たく感じる。肩を抱くように腕をさすって温めていると、ふわりと何かがかけられた。大きくて温かいそれは、彼の上着。きゅっとかけられた上着を握る。



「ありがとう」



 慣れない笑顔を浮かべてお礼を言えば、「いや」とか「うん」とかいまいちハッキリしない返事。見上げて顔をみると、真っ赤だった。耳まで、朱色に染まっている。わたしに見られていることに気が付いて、片手で顔を覆う。



 ……何だよ。そんな反応されたら、こっちまで照れるじゃんか。じわじわと顔に熱が集まるのを感じながら、早く風で冷めろと念じる。もう関わるまいと決めた彼と、またこんな形で話すようになるとは思ってもいなかった。



 高校生……高校かぁ。退院したら、わたしも学校に通えるのかな? 失った時間は大きいけど、失った分だけこれから楽しくすればいいんだよね。うんうん、そうだよ。そうと決めたら、入院中に小学校と中学校の勉強を終わらせておこう。



「ねぇ、そーちゃん」

「俺、もうそんな呼ばれ方する年じゃないんだけど」



 わたしの呼び掛けに、呆れた様子でもキチンと反応してくれる。あの頃のわたしは、彼のこういう優しいところに、気が付かなかったんだよね。ばっかだよなぁ……本当に。こんな馬鹿なわたしに付き合ってくれていた彼も、馬鹿だよ。お人好し、喧嘩ばっかしてて怖い顔のくせに。



 鼻の奥がツンとして、泣きそうになるのをぐっとこらえて、あくまでも淡々とそーちゃんこと、目車爽弥に話し掛ける。顔をみると泣いてしまいそうだから、空を見上げながら。



「勉強教えてよ。退院したら、わたしもそーちゃんみたいに高校生活送りたい」

「無視か。いいけど……六花が高校行くとしても、一年ずれるぞ」

「そんなのわかってるよ。わたしだって調べたんだからねー。ふふん」



 そうなのだ。お母さんに頼んで、色々と調べまくったのだ。高校は通信制と定時制があることとか、単位とれないと留年することとか、知らないことだらけで驚いた。まだ先の話だから流石に資料までは頼まなかったけど。



 目指せ、理想の高校生活! そんなわけで、早速明日から勉強を始めることになった。そーちゃんが病室をあとにしてから、一人きりになった部屋の中で「あ」と呟く。



 このやけに豪華な個室の部屋代払ってくれてるの、そーちゃんの家じゃないのって聞くの忘れてた。……まぁ、いいか。

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