24.帰りの電車で
密着する形になって、そーちゃんの胸の辺りに顔が当たる。鼓動が早いのが、よくわかる。不思議に思って、抱き止められたまま見上げると、耳まで真っ赤になって固まっている。……そんな風に照れた顔を見てしまうと、こっちもつられて照れてしまう。
友達同士だし、何よりわたしの見た目は小学生そのもの。だから、そーちゃんが真っ赤になって照れるのは、変……なのに。何でだろう、ちゃんと女の子として――異性として見てくれているんだとわかってしまって、にやけが止まらない。
今まで男子といえばとにかくうるさい! ってイメージしかなかった。あと、よくからかってきたりとか。でも、そーちゃんは違う。嬉しさのあまり思わずにやける口元を押さえて、わたしまで顔が赤くなる前に、お礼を言って離れようとする。すると肩をぐっと掴まれ、真剣な眼差しに見つめられる。
「六花、俺――」
口を開いて、何か言いかけたところで丁度、観覧車がてっぺんにきたのがわかる。すごい綺麗な夕焼けが肩越しに見え、これは……写真を撮るしかない! わたしは、鞄からすばやくスマホを取り出す。ポカン、としているそーちゃんを他所に連写。
「見て! すごい綺麗な夕焼けが撮れたよ。……あ、何か言いかけてたよね、何だった?」
「…………いや、何でもない。夕焼け、綺麗に撮れてよかったな」
たっぷり黙ったあと、なぜか哀愁を漂わせたそーちゃん。何か、悪いことしちゃったかな? 人の言葉をさえぎるのは、流石によくなかったよね。うう、でも夕焼けがあまりに綺麗たったから、どうしても撮りたくなっちゃって……。
申し訳ない気持ちになって、携帯を仕舞ってそーちゃんに向き直る。頭を下げて「ごめんね」と謝ると、珍しくふて腐れた様子で視線だけこちらに向ける。何かすごい重要なことを、言おうとしていたのかもしれない……。
何だったんだろう。視線を向けると、サッとすぐに逸らされてしまう。うーん、そーちゃんがここまで機嫌を損ねるのはすごく珍しい。やっぱりすごい大切なことを言おうとしていたんだ。
どうしよう……せっかくの楽しい遊園地の思い出が、このままでは苦いものになってしまう。でも、さっき言いかけた言葉はもう言うつもりないみたいだし。俺ーーの続きは、何だったのかな。色々考えてみるけど、想像できない。
「そーちゃん、ごめんなさい」
「……別に、いい。わからないのに、謝り続けるのは止めろ。俺自身、まだ迷っているのに言うべきじゃないと思ったから、止めただけだ」
若干ふて腐れている感じは残っているけど、苦い表情で半分独り言みたいに呟いた。これでいいのか……な? わからないけど、確かによくわからないまま謝り続けても、そーちゃんを不快にさせるだけか。
……迷っているのは、やっぱり家を継ぐかどうかってことかな。今まですっと、跡を継ぐんだって聞かされてきたんだもんね。それがいきなり好きにしていいよって言われて、戸惑うだろうし、色々と考えてしまうよね。
それに、三年生になったらそーちゃんは将来を決めるために動く時だ。悩むし、迷うんだよね。何かわたしに出来ることがあれば、頼ってほしいな。――だって、友達だもの。友達に頼られたら嬉しいし、頑張りたいなって思うよ。
観覧車をおりる頃には、空が闇に包まれ始めていた。凛たちと合流して、お土産を買いにお店へ。男組は買わないとのことで、外で待っているそう。凛は真剣な表情で迷っていたので、わたしが先に出ると、そーちゃんと情報屋が話しているのが聞こえた。
「言えばいいだろ、普段は女を侍らしていると聞くが」
「嫌だな爽弥君、何か勘違いしていないかい? 僕が彼女をそばに置かないのは、興味がないからだよ」
「呆れたな。ヘタレもいいところだ。……まぁ、俺も人のことは言えんが。端から見れば、お前の気持ちはすぐにわかるぞ。鈍感な六花は除いて。後悔する前に、自分の気持ちを考えろ」
「……参ったね」
何の話をしているんだろう。話の流れで、凛のことを話しているのは何となくわかるけど。こそっと隠れて二人の話している姿を見ると、情報屋が困ったように笑っているのが見えた。そーちゃんは、真面目にあの情報屋相手に話をしているみたい。
凛と情報屋、二人で行動していたけど……果たして恋心は伝わったのか。合流した時は、二人とも特に変わった様子は見られなかった。あくまでわたしが見る限り、だけどね。でも、情報屋の気持ちがわからないから、何とも言えない。
友達の恋なら応援したいのは山々なんだけど、相手があの情報屋って言うのがどうにも引っ掛かるんだよ。凛が傷つけられたりしないか、すごく心配。
もやもやしていると、凛が店から出てきたので、何も聞かなかったフリをして男組の元へ。何か言いたげにしている凛を見て、いよいよかと思いつつここはぐっと堪えて立ち去るべきだと判断し、そーちゃんと一緒に帰ると伝えて遊園地から出る。
こうして楽しい一日は過ぎていった。凛の想い、伝えられるといいな。叶ってほしいか聞かれると、微妙な感じではあるけども。でもまぁ、納得のいく結果になるなら……外野がとやかく言うことではないか。
「今日、楽しかったね」
「そうだな。……偉そうにアイツに言ったんだ。俺も、そろそろ決めなきゃな」
「そーちゃん……?」
真剣な顔で呟く横顔を、見上げる。しかし、後半は独り言だったのか、わたしの言葉に答えることはなかった。同じ年なのに、すごく大人に見えて、わたしは置いていかれたような、そんな気持ちになる。
珍しくその日はそーちゃんも電車で帰るとのこと。しかし、木櫻さんに教えてもらった通りに出来ないのか、切符の買い方に相当悪戦苦闘していたので、手助けをして一緒に電車へ乗り込む。丁度帰宅ラッシュと時間が被ってしまい、車内はすし詰め状態。
つ、つぶれるううう! ぎゅうきゅうと人に押され、つり革に掴まることも出来ずに中身が飛び出そうになっていると、電車が揺れた。一瞬できた隙間に体を滑り込ませると、頭上で音がした。見上げると、そーちゃんが片手を壁につけて、つぶれないようにわたし一人分のスペースを作ってくれている。こ、これは……巷で有名な壁ドン!?
「あ……あり、がとう。そーちゃん、平気?」
「俺は大丈夫た。六花は?」
「大丈夫。そーちゃんの、おかげ」
口に出すと、どうしてこうも照れ臭いのか。もごもごしながら、視線をさ迷わせた。