閑話 とある人物との出会い3
情報屋、情報屋、情報屋ねぇ……。何回頭の中で繰り返しても、そんな都市伝説みたいな職業が本当にあるのか疑問しかない。わからないのなら、試せばいい。自称占い師、本業情報屋に、わたしの出身校を訪ねる。
小学校ね、と付け足す。すると、情報屋は鞄からノートパソコンを取り出した。すごいスピードでキーボードを打ったかと思うと、小さく「へぇ」と声をもらした。ニッコリと笑う。
「出身校は桜ヶ丘小学校、小学四年の時に事故に合い、6年間意識がないまま眠り続けていた……どう? 本物だと信じてくれたかな。でもまぁ、この程度の情報なら僕じゃなくても調べられるね。何せ君の事故は新聞に取り上げられているし、お友達が名前までは伏せたようだけど」
よく喋る人だ。こんなに喋っているのに、早口でもなく噛むこともない、実に滑らかに喋る。お友達、という単語に首をひねるより先に普通にビビった。まさかネットの掲示板で知り合った人に、ここまで調べられるなんて。
この調子だと家の場所や入院していた病院のことも全部知ってそう。ネット社会って、怖い。いつのまにか発展していたネット社会に恐怖を感じていると、またもやキーボードをカタカタと叩く音。
くるり、とノートパソコンの画面をわたしのほうへ向ける。そこには、わたしの名前、生年月日、出身校から家族構成に至るまで、恐ろしいほどの個人情報が並んでおり、当然のように入院していた病院の写真とサイト、それから家の写真まで。
今度こそ、ぞわりと全身に鳥肌が立つ。本気で恐怖を感じたのは、初めてかもしれない。一気に血の気が引くわたしを外に、情報屋はよく回る舌で説明までしてくれた。
情報屋ってのは、個人でやっているところばかりではない。連携してもし必要な情報を持っている相手がいたら、お金を払って情報を買うらしい。そんな風に、わたしたちの知らないところで個人情報が売買されているんだとか。
情報を買う人の中には、ごく普通の一般人もいるらしい。別れた恋人の居場所を知りたい、生みの親の顔が知りたい等々。事情は様々だけど、そんな風に個人情報を買う人は当たり前のようにいる。
しかし、情報屋が扱っているのは、何もこんなえげつない個人情報ばかりではない。美味しいお店の情報から、行列のできるお店が比較的空いている時間帯などの、普通に教えてくれたらありがたい情報もある、と。
ちなみに、情報の内容が深ければ深いほど、情報料は高くなる。そんな知りたくもなかった情報を、得意気に教えてくれる。というか、いいのか。そんなにぺらぺら喋って。何というか、個人情報を買う人たちに怒られたりしないのかな。
とか考え出すあたり、だいぶわたしの感覚も麻痺してきてる。いかん、危険だ。これは早急にこの場から離れようとしたところで、情報屋が嬉しそうに笑って、一刻も早く帰りたいわたしの手首を掴む。
「特別に君を僕の仕事部屋に招待してあげよう。ああ、安心するといい。男女二人きりは流石に不味いだろうから、部屋に何人か手伝いを呼んでおいたから。大体年齢は君と同じぐらいだよ。よく、男はオオカミだなんて言われるけど、あいにく僕にそういう趣味は……失礼。まぁとにかくきなよ。顔色も悪い。このまま帰すのは心配だからね」
いや、心配ご無用です。そもそもわたしの顔色悪い原因作ったの、あんたでしょうが。何だ、趣味って。わたしと同じぐらいの年の子を部屋に何人か招き入れている時点で信用も何もない。わたしは帰るぞ、この男は危険だ。
いいです、と断ろうと口を開きかけて、止まる。情報屋は笑顔を浮かべたまま、わたしの反応を楽しむように見ている。ああ、ちくしょう。未だわたしのほうへ向けられたノートパソコンの画面が、言葉をつっかえさせる。
これは脅しに入るのでは。冷静に考えてみるけど、画面を見せられただけで、情報屋は何も口にしていない。わたしが勝手に、悪い想像を膨らませているだけ。これでは脅しには入らないだろう。
だけど、不安はどんどん大きくなって行くのがわかって、性根の悪い人間だと思いながら、仕方なく……いやもう本気で渋々、情報屋の部屋に行くことを決めた。
「……大きい」
「いくつか部屋は持っているけど、やっぱりここが一番のお気に入りだね。僕のお気に入りのマンションに招かれるなんて、中々ないよ?」
「そうですか」
「つれないね。じゃあ、行こうか」
招かれるまま、高層マンションのエレベーターに乗り込む。外の景色が見えるようになっているから、地上がどんどん遠ざかるのが見てわかる。部屋に入ると、中では高校の制服を着て勉強している子や、大学生ぐらいの人もいた。
皆、女。何か秘密でも握られて脅されているのかと想像してしまったけれど、むしろ逆だった。情報屋の姿を見るなり、部屋の中にいた女の人たちが揃って出迎えにきた。
その表情は嬉々としており、自ら望んで情報屋のそばにいるのだとわかる。例えるなら、大好きな飼い主が帰ってきた時にしっぽを全力でふりながら出迎える犬、みたいな。……犬に例えるのはちょっと酷いか。
女の人たちに丁寧にもてなされ、何となく情報屋への不信感も少しとけてきたところで、近くにいた高校の制服を着た女の子に尋ねてみる。情報屋の、どこがいいのか。
すると、女の子は頬を赤らめ恋する乙女のように目を潤ませて、話してくれた。その女の子曰く、情報屋は悪意のない悪人だと。やること、言うこと、すべての根源にある感情は純粋に楽しいから、というもの。
まるで無邪気な子供が虫を残酷に殺すような、そんなところが魅力だと言う。わ、わからない……。ここの人たちとは相容れないなぁ、と考えながら入れてもらったココアを飲み干した。