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彼とわたしの風変わりな日常  作者: 赤オニ
これからの時間
2/50

1.目覚め

 目を覚ます。どうも、わたしは寝ていたらしい。起きようとすると体が酷く重い、まるで鉛みたい。体を起こすのは一旦諦めて、視線を動かす。見渡す限り、白、白、白色だ。それから、色んな機械音が聞こえる。腕に何かついているのか、コードのようなものが伸びてベッドの脇にある機械に繋がっている。



 ぼんやりした意識がハッキリしてくると、ここが病院の病室だとわかった。ドラマみたい。パッと思い付いた感想は、そんな感じ。あと、機械音がピーピーうるさい。病室って、もっと静かなイメージがあったけど。



 うとうとしていたのが完全に覚醒したから、今度は事故までの経緯を思い出そうとうんうん考える。最初はぼんやりしていた記憶が、段々クリアになってくる。



 ええと、確か下校途中に彼を見付けて、庇って車に跳ねられて……そこから、どうなったんだろう。相変わらず体は重くて起き上がれないし、真っ白な部屋にはわたし以外誰もいないみたいだし、困ったな。



 それにしても、車に跳ねられたって言うのに、痛いところがないなんて不思議。直後は目の前がぐるぐるして、すぐに気を失っちゃったから痛いとか感じなかったし。それとも、痛すぎてすぐに気絶したという可能性も。どっちでもいいか。



 大人しく待ってみたけど、人が来ないものだから呼ぼうと思って声を出そうとしたら、口笛を吹くのに失敗した時みたいな間抜けな音しか出なかった。……無念。



 何か、硬いものが割れる音が聞こえてビックリして音のした方に視線を向けると、そこには見知った女の人……にしては、少し違和感がある。わたしを見て目を日開き、その場で泣き崩れた人が、自分の母親だと理解するのに、時間を要した。



 わたしの知っているお母さんは、もっと若くてはつらつとしていたし。今見た人は、女の人にこれ言うとあれなんだけど、ずいぶん老けたように思えた。泣きながら嗚咽をもらしている。わたし、今結構難しい言葉使った。自分で言うのも何だけど、友達の少ないわたしの暇潰し相手は本なのだ! だから、周りの子よりちょっとだけ難しい言葉も知ってる。ところで、そんなに重傷? だったのかな、わたし。意識を取り戻して感激、みたいな? 普段は怒ってばっかのお母さんが泣く姿を見るなんて、珍しい。



 通りかかった看護師らしき人が泣き崩れているお母さんに気が付き、それからバッチリ目が合ったわたしに気が付くと慌てたように「先生!」と声を張り上げながら走り去っていく。



 え、ええー……。なんか、すごい大騒ぎされてるよ。そんなにヤバかったのか、死にかけてたとかかな。声が出るようになったら聞いてみよう。



 しばらく待つと、白衣を着たおじさんが部屋に入ってきた。わたしの顔を見るなり、「奇跡のようだ……!」とかすごい感動? してた。ワケわからん。頭にはてなマークが一杯浮かんでいるわたしの目を見て、白衣のおじさんが口を開いた。



「体に痛いところは?」



 声が出せないのだから、首をかすかに横に振って意思表示。わー、言葉で意思疏通が出来ないって、こんなに不便だったんだぁとこの年になって気が付く。もう十歳なのにね。そういえば、事故に合った日はちょうど学校で半分成人式をやったな、なんて考える。



 他にもいくつか質問をされた。事故の詳しいことを覚えているかとか、今感じている違和感とか、色々。とりあえず意思表示出来る質問には答えられる限り答えたけど、なんとも言いがたい質問には答えられなかった。何せ、首の稼働域が少ないもので。



 ある程度落ち着いた(主にお母さんが)ところで、白衣のおじさんが深刻そうに目を伏せた。少しの沈黙のあと、重い口を開こうとしてーーまた新たな来訪者が。高校生か、制服を着崩しまくっている男の子。年上だから、男の人と言ったほうがいいか。



 お母さんと同じような反応。流石に泣き崩れたりとかはなかったけど。男の人は見るからに不良って感じで、そんな格好に似合わない花瓶に活けた花を手に持っていた。泣きそうな顔で震える唇から出た言葉は、「六花……目を、覚ましたのか?」だった。絞り出したような言葉に、なぜか胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。



 知らない男の人なのに、何で名前を知っているんだろう? それに、名前で呼んだってことはそれなりに仲が良かったってことだよね。わたし、学校で仲のいい男子と言えば、彼ぐらいしかいなかったけど。いや、そもそも年が違うし。



「いいかい、杠さん。君は事故に合ってから、六年間眠り続けていたんだよ」



 …………ぇ。は? いや、何言ってるの、このおじさん。六年間も寝続けたなんて、そんなドラマみたいな話がこんな身近に転がっていてたまるか。それも、自分がそんな目に合うなんて、そんな、だって……何で。



 言葉に、頭が追い付いてこない。白衣のおじさんが「気を確かに……」とか言ってるけど、全然入ってこない。頭が真っ白になるとは、まさにこのことだと実感した。



 別にわたしは、仏様でも神様でも何でもない。彼が車に轢かれそうになっていることに気が付いて、走り出していたのだって体が勝手に動いただけの話。背中を突き飛ばして身代わりになったのも、まさかこんな目に合うとは一ミリも考えてなんていなかったもの。



 それがどうして、こんなことになった? 六年間あったら、余裕で小学校が卒業出来てしまう。それだけの間、わたしはただ眠って過ごしていた。そんな馬鹿な話が……あって、たまるか。そうだよ。だって、だってあれから六年も経った証拠なんてどこにも――



 そこで、はっとなって不良高校生を見る。かすかに残っている面影は、彼だった。間違えようがない、わたしが庇った、背中を突き飛ばした彼だよ。なんてこと、見たくなかった証拠がすぐそばにあって、それがわたしの唯一の友達だなんて。



 どうして、何で、理解したくなかった。なのに、少しずつ頭は現実を理解しようとしていて……うそ、うそだよ。こんなの、全部うそだ。嫌。だって、わたしの消えた六年間はどこへ行ったの。



 目の前が真っ暗になって、酷い眠気に襲われる。次目を覚ましたら、今度は独りぼっちなんじゃないかって怖くて最後まで意識を保とうと頑張ったけど、襲ってくる眠気には勝てなかった。眠る直前、大きくなった彼が悲しそうな声でわたしの名前を呟いたのが、やけにハッキリと聞こえたことだけを覚えている。

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