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17.怖いけど、それ以上に

 張り上げた声が若干震えていたけど、気付かないフリをして、怯える自分を叱咤するようにこぶしを作る。荒れた部屋の中にズカズカと入り込んで、呆然としているそーちゃんのすねを思いきり蹴る。



 小さく呻き声をあげて、うずくまるのを見てから、くるりと背を向けそーちゃんのお父さんへ真っ直ぐ視線を向ける。嫌なドキドキ感。落ち着かせるように、胸に手をあてて呼吸を繰り返す。



「そーちゃんのお父さんに、話があってきました。忍び込むような形できてしまったことは、謝ります。ごめんなさい。でも、どうしても直接話がしたかったんです」

「親父、こいつは関係ない。だから――」

「爽弥は黙っとれ。わしの客がきた、通せ」



 荒れた部屋から、別室に案内される。部屋から出て行く前に、そーちゃんの呼び止める声が聞こえたけど、振り返ることなくわたしはついていった。



 わし、と言っていたけど、見た目は若いの一言に尽きる。そして何より、愛人を侍らせるような見た目はしていなかった。想像していた姿とだいぶかけ離れていたのが、少し驚いた。



 部屋に入ると、そーちゃんのお父さんは座布団にどかりと座り、わたしも座布団に座る。何となく、緊張のあまり正座になってしまう。背筋を伸ばして、口を開こうとして、先を越された。



「嬢ちゃんは、わしの息子の何だ?」


 

 鋭い眼光で睨まれ、低い声で問われる。背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶのが、わかった。ぶわりと鳥肌が全身に立つ。だけど、わたしは目を逸らすことなく、ためらわずにハッキリと言い放つ。



「友達です」



 すると、さっきまでの鋭い眼光が一瞬消え、虚をつかれたような顔になる。それから、豪快に笑い声をあげた。顔を手で覆ってしばらく笑ったかと思うと――にたりと悪どい笑みを浮かべた。



「そうかい。怖くはないのか」



 多分、色んな意味を含めての怖くないのか、だと思う。そーちゃんは怖くない。でも、家の中の事情を見ると、そこは怖いなって思う。どれも、わたしの正直な気持ちだから、一つずつ話していくことにした。


  

 そーちゃんのお父さんは、わたしのたどたどしい話を、途中で声を荒らげるでもなく、遮るでもなく、ただ聞いていた。だけど、話を聞いてくれても、その話が通じるかどうかは、また別。



 話を聞き終えたそーちゃんのお父さんは、ふー、と息を吐き出す。しばし沈黙が落ちて、わたしはドキドキしながら太ももの上でぎゅっと服を握りしめる。



 正直に言えば、滅茶苦茶怖い。目の前に座っている人の一言で、わたしのすべてが決まってしまう。例えばドラマとかにあるような、恐ろしい目に遭うのかもしれない。想像するだけで冷や汗がだらだら流れてきそう。



「――嬢ちゃんは、爽弥の友達と言ったな」

「はい。ですが、わたしは九歳からの六年間の間のそーちゃんを知りません」



 わたしの言葉が気になったのか、ピクリと眉を動かした。何か言われる前に、先に言うと決めていたので、視線はずらすことなく、過去の出来事をそのまま話した。



 九歳の時、そーちゃんを庇って車に轢かれたこと、その事故で六年間意識がなく、去年になってようやく回復したこと。すべて、余すことなく話した。どう受けとるかは個人の自由だけど……。一つ言いたいのは、わたしは事故に遭ったことで、友達の大切さがわかったということ。



 きっと、事故に合わなかったら……確かに意識がなかった六年間を普通の子のように、学校へ通い、勉強をしてって生活を送っていたと思う。でも、自分勝手なところで大切な友達をなくしていたかもしれない。



 そう考えると、わたしは事故に遭ったことを恨むどころか、感謝してもいいぐらいだと思うわけで。そこは、勘違いしてほしくないところではある。



「わたしとそーちゃんが、友達になったのは小学校の入学式の日でした。幼いわたしは、家の事情を知るなりそーちゃんから離れました。でも、今になって考えれば……とても浅はかな行動だったと思います。わたしは――友人として、そーちゃんのそばにいたい」



 思いを口に出すことで、少し緊張がほぐれてきた。しかし、そんなわたしの考えを見透かすように、そーちゃんのお父さんはにぃ、と口角をつり上げる。


 

「ずいぶんと友人思いな嬢ちゃんだ。しかしな、家を継ぐと決めたのは爽弥のほうだ。そして、嬢ちゃんや真理夏たちと離れることを決めたのも、爽弥自身。何とかしたけりゃ、わしじゃなくてあいつに直接言いな」



 そーちゃんは、家を継ぐと望んで決めた……。そうか、なら、わたしがやるべきことは一つしかない。スッキリしたところで、頭を下げる。わたしの行動が意外だったのか、驚いたように目を丸くする。



 あとは、本人の口からもハッキリと聞くことかな。そーちゃんの口からも家を継ぐと自分で決めたと、そしてわたしや真理夏から離れることも自分で決めたと、聞いたらやることと言ったら一つしかない。



「ありがとうございました。そーちゃんの口からも聞いたら、とりあえず一発ぶん殴るんで、よろしくお願いします」

「――かかか! いいねぇ、若いのは元気でよ! わしも嬢ちゃんぐらいの時は無茶したもんよ。いいだろう、好きなだけ殴りな。嬢ちゃんは肝が座ってる。わしは気に入った! ……爽弥、いるんだろう。入ってこい」



 そーちゃんのお父さんが声をかけると、そーちゃんが黙って部屋に入ってくる。気まずそうな顔をしているけど、気にせずにずんずん近付いて、ニッコリと笑う。



「そーちゃんの口から聞きたいの。家を継ぐと決めたのも、わたしや真理夏から離れると決めたのも、全部そーちゃんの意思?」

「……そうだよ。だからもう、帰ってくれ! これ以上――」



 手を握りしめ、こぶしを作って――お腹目掛けて思いっきりめり込ませる。頭上で「うぐっ」とか呻き声が聞こえた。あー、スッキリした! さて、スッキリしたところで……そーちゃんの両頬を手のひらでパンッと叩くように挟む。

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