16.覚悟の上
「そーちゃんの、お父さんに会わせて」
情報屋は目をすぅっと細めて、確かめるようにわたしの目を見る。真剣だとわかるや否や、くっと小さく笑った。そして、大袈裟に両手を広げ、演技がかった口調でわたしに忠告する。
「君ってやつは、どこまでも僕を飽きさせないね。一緒にいて愉快でたまらないよ。しかし、相手は本物だよ? 下手したら――」
「せめて、そーちゃんを一発ぶん殴ってからにする」
言わんとしていることはわかっている。これ以上ないぐらい、危険な道を行こうとしていることぐらい、わかっている。でも、先にそーちゃんがいるなら、行くしかない。なぜって、決まっている。――約束したから。
心配したような口ぶりだけど、こいつは人のことなんて心配するような性格はしていない。少しの付き合いだけど、すぐにわかった。初めて会った日に、ピンと来たから、わたしは取り巻きになっていない。
こいつの怖いところは、どこまでも悪意が存在しないところ……。悪意があって人を傷つける人間は怖いけど、悪意なく人を簡単に傷つけることができてしまう人間のほうが――よっぽど怖い。
取り巻きの女子は皆、各々がこいつの悪意なき悪に魅せられている。自分にできないことを簡単にやってのけて、そこにある感情は楽しいというものだけ。
話がたいぶ逸れてしまったけど、とにかく……約束は守るためにある。破って、針千本飲むのも嫌だし。……冗談だけど。あの歌、地味に言ってることが怖いよね。
聞くに、そーちゃんのお父さんは、愛人をいくつも作っては子供を生ませているくずの代表みたいな男らしい。おまけに、生まれた子供が男だったら、母親から引き離し自分の家――本家に連れ帰って育てさせるそうな。
それもこれも、すべては優秀な跡継ぎを作るため。まさに屑! 屑の鏡と言ってもいい。人様の親をここまで罵倒したのは、人生で初めてだよ。それぐらい、聞けば聞くほどそーちゃんのお父さんの屑武勇伝? はすごかった。
それにしても、愛人を侍らせて子供を生ませまくるって……一夫一婦制はどうした。法律ガン無視かこのやろう。本当にやりたい放題だな。アラブの王様じゃないんだから……。
そーちゃんも、愛人の子供らしい。もはや愛人がいすぎて何番目の子供かも数えたくないけど。とにかく、男だからという理由で母親から引き離されてお父さんの元で育てられたそーちゃん。
グレて喧嘩の日々を送っているうちに、いつのまにかめっちゃ強くなって、結果として皮肉なことに家の跡取りを任されるほど立派な不良になりました、おしまいってことみたい。
そーちゃんが会ってくれないなら、お父さんに直接交渉するしかあるまい。屑は屑でも、一応人の血は流れているわけだし。……流れているよね? いや、うん、人様の親を悪く言い過ぎるのは止めよう。
「まぁ、友人想いもいいけどね……あまりこちらに来るのはオススメはしないよ?」
「……」
「じゃあ、行こうか」
そんなわけで、すっかり日も落ちた夜の七時すぎ。童顔で、どう見ても高校生にしか見えない情報屋の車に乗り込みそーちゃんの家へ向かう。車内で、情報屋の言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
「夜分遅くに申し訳ない。伝え忘れたことがありまして」
「これはこれは情報屋。おやじさんは今若と喧嘩の真っ最中でしてね。また日を改めたほうがいいのでは?」
「急ぎの用事なもので」
わたしは、見つからないように後部座席で息を潜めていた。どうやら、情報屋は木櫻さんと会話しているみたい。しばらく待つと、車が動いたので、入れてくれたようだ。
ほっと安堵しながらも、喧嘩って、何で? と首をひねる。複雑すぎる親子間のトラブルかな。すごい率で勃発してそう。
車からおりるときに、被っている帽子が脱げてしまわないよう気を付ける。長い髪はまとめて帽子に押し込んだ。情報屋が、なんてことない様子でサラリと変装したわたしを助手だと紹介する。
喋れないんだよ、と付け足してくれたおかげで、メモ帳とペン一本を手に持って敵陣? に侵入することに成功した。まぁ、ほとんど……情報屋ありきだから、少しは感謝せねば。
木櫻さんが声をかけて障子を開けようとして、サッと避けた。次の瞬間には、障子を倒しながら人が飛んできた。なんか、最近よくこういうの見るなぁ……。思わず遠い目になってしまう。
飛ばされた人は、すぐに立ち上がった。そーちゃん! 声をだしそうになって、慌てて手で口を塞ぐ。はじめてみるそーちゃんのお父さんは、いかにもな感じの人のだった。
着物のはだけた部分から、入れ墨が。ヒュッと息を呑むけど、こんな場面で気圧されていたら、説得もなにもないじゃないか。ふんばれ、わたし。だて眼鏡の奥からキッとそーちゃんのお父さんを睨み付ける。
騒ぎに乗じて、情報屋は「生きてたら振り込みよろしく」と物騒なことを言い残して暗闇に消えた。流石、慣れているだけあって行動が早い。わたしも、ぼんやり突っ立っている場合じゃない。
帽子を取って、まとめた髪の毛をおろす。だて眼鏡も外してポケットに仕舞う。今は可愛い服も、化粧もないけど――わたしは、戦うよ。息を吸って、声を張り上げた。
「夜分遅くに失礼します!」